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桜問題提起スレッド
えーここを見てるNHKの方へ(シーズン2)
投稿者:miyazakiさん投稿日時: 2012/11/18(日) 00:32:08
ソクラテスと松尾芭蕉

ソクラテスが死のうとしていた。服毒の刑だった。彼は動揺する弟子たちに「静かにしろ

邪魔するな、私に死を探らせてくれ」と命じた。「手の感覚が無くなってきたが私は

完璧だ」、、、「足の感覚も無くなった、だがやはり私は完璧だ。」「もうすぐ舌の感覚

が無くなり喋れなくなるだろう。だが私は完璧だ」

旅に病み夢は枯野を駆け巡る.枯野は涅槃ニルヴァーナを意味する。

ソクラテスと芭蕉に何かが共通している。


487 miyazakiさん 2018/01/28(日) 21:00:43
 我々は他人が我々をどう思っているのかが気掛かりなので しきりに

 他人のことを何もかも知りたがるのである そしてここから

 粗雑または微妙な俗物根性と権威の崇拝が生まれる こうして我々は

 日増しに外面化してゆき内面的には空虚になってしまうわけである

 そして外面化すればするほど それだけ多くの感覚と気晴らしが必要となり

 これが決して静謐(せいひつ)でない精神 探求と発見ができない精神を生み出すのである



 しかし静謐な精神は ほとんどの人間にとって恐ろしいものである

 彼らは静謐なとき 自分自身の中に何を発見するか全くわからないから

 静謐であることを恐れているのであり 心配は一種の予防薬なのだ

 発見することを恐れている精神は 常に防御の構えをとっていなければならず

 そして落ち着きの無さがその防御なのである
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