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桜問題提起スレッド
えーここを見てるNHKの方へ(シーズン2)
投稿者:miyazakiさん投稿日時: 2012/11/18(日) 00:32:08
ソクラテスと松尾芭蕉

ソクラテスが死のうとしていた。服毒の刑だった。彼は動揺する弟子たちに「静かにしろ

邪魔するな、私に死を探らせてくれ」と命じた。「手の感覚が無くなってきたが私は

完璧だ」、、、「足の感覚も無くなった、だがやはり私は完璧だ。」「もうすぐ舌の感覚

が無くなり喋れなくなるだろう。だが私は完璧だ」

旅に病み夢は枯野を駆け巡る.枯野は涅槃ニルヴァーナを意味する。

ソクラテスと芭蕉に何かが共通している。


780 miyazakiさん 2019/08/21(水) 18:02:34
       ある禅師 夏の終わりに語りて

 誰もが同じように生まれるが 誰もが同じように死ぬわけではない

 目を覚ましたとき すでにあなたは生まれていた 生まれるか否かの決定権は

 あなたの手の中には無かった だが死はそれとは違っている

 あなたは無意識に死ぬこともできれば意識的に死ぬこともできる

 喜びに満ちて死ぬこともできるし 舞い踊るように死ぬこともできる

 死は個性的なものにならなければいけない

 誕生と死 その両端が無意識ならば 生は揺りかごから墓場までの長い眠りになる

 気づいて、意識的に自らの墓場にまで到達するのは ごく少数の 幸運な者たちだけだ

 意識的に死に到達した者だけが 死を生きることができる

 意識的な者にとっては 死は時間と空間の変化でしかない 形態の変化であり

 本質は変わらない 


 一休「そこもと 今 何処へ居られるとお思いか?」

 蜷川「濃いむらさきに染まりし野に」

 一休「なにゆえじゃ?」
 
 蜷川「桔梗 萱草 女郎花、、、」

 一休「それらが去りしあとは?、、」

 蜷川「宮城野、秋なる花 開く野なり」

 一休「宮城野にてなんぞ起こるかの?」

 蜷川「水流れ 風渡り申す、、、」



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