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桜問題提起スレッド
最後のレシプロ戦闘機の凄み
投稿者:willyさん投稿日時: 2015/05/23(土) 22:33:46
第二次大戦は50年代から急速にジェットエンジンの戦闘機時代に

移行して行くが、

だがレシプロ戦闘機で大いに気を吐いたものが大戦末期にあった。

特筆すると

歴史上最高のレシプロ戦闘機と称される、

ノースアメリカンの陸軍戦闘機「P-51]の存在と性能に異議をはさむ余地は無いであろう。、

だが、世界には「P-51]に真っ向勝負が出来たレシプロ戦闘機が存在していた事を

忘れてはならない。

レシプロとは混合気の爆発とピストンの上下運動で加熱するシリンダーの冷却方法で

大きく液冷と空冷に大別される。

特に戦闘機の命である速度に関しては空気抵抗の観点からも多くは液冷を

主力戦闘機に選んだ(海上で運用する艦上機は別の理由があるために空冷であるが)

レシプロ戦闘機の主流ともいえる液冷戦闘機を例に取ると、

米、独、英、が最先端の凌ぎを削っている。

ドイツ空軍に38年に登場する「FW190A]は空軍の主力機である「Bf109]を補佐する目的で

天才タンク技師により開発されたものであるが、当初は「Bf109]のエンジン供給を

邪魔せぬように空冷エンジンでスタートした「BMW139空冷エンジン」がそれである。




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4 石道さん 2015/05/24(日) 01:09:46
戦後、4式戦闘機のプラグをアメリカのものに交換しハイオクでテストしたところ
最大速度687キロを出し、模擬戦で馬力過重で優れていた疾風はP51の性能を凌駕した部分があったという話を聞いています。
偵察機「彩雲」も戦後のテストでは時速700キロを出したようですが
残念ながら、当時の日本の工業力を含めた諸事情では本来の性能が発揮されなかったことは
悔やまれます。
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6 神様さん 2015/05/24(日) 04:41:41
つまり、当時の単純なキャブレターの常識を超え、中島の二連降流100甲気化器を備えた隼は戦闘行動中の特殊飛行(背面飛行や宙返り等)でも正常な燃料噴射ができるようにキャブレターが自動でオーバーフローしないように調整してくれ、複雑なGがかかったとしても、常に一定のガソリンをシリンダに噴霧することができました。
   以外なことに米機は空冷式発動機において、終戦までこのような機構をもたなかったため、日本機の機動にはついていけなかったようです。捕獲機においては、十分なメンテンスをしてから米軍のパイロットが飛びますが、この複雑な機構を理解できなかったため、このフラフラする浮子類を固定してテストしてしまい、同機構の有用性については気付くことはありませんでした。なお、液冷式発動機については燃料噴射装置を装備していたため特殊飛行に問題はありませんでした。・・・・・・・
http://home.f04.itscom.net/nyankiti/ki43-sub3-engine1.htm
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8 三保 平清さん 2015/05/24(日) 10:01:51
Re:4 石道さん

この米国でのテストは当時の日本では絶対に実現出来ない環境でした。まずその燃料が135億単価とか・・。その潤滑油が全く違う。日本にはまともな潤滑油とは・・の理論さえなかった。「当時の日本の工業力を含めた諸事情では本来の性能が発揮されなかった・・」は宜なるかな・・です。仕方なかった。

ただし『疾風』も『彩雲』も『誉(海軍)・・ハ−45(陸軍)』と言う同一の発動機を使用した。この『誉(海軍)・・ハ−45(陸軍)』が難物だった。工業力の低い当時の日本には、大量生産は非情に困難だった。しかも戦時に・・。

『疾風』も『彩雲』も発動機の選定を誤った。『金星』系の『ハ−43』に早期に換装すべきだった。海軍の『ゼロ戦』の次の戦闘機の、『烈風』もつぶれかけたが、発動機を『誉』から『ハ−43』に換装して蘇った。

『誉(海軍)・・ハ−45(陸軍)』は優秀な発動機だったが、設計的に無理をしている。戦時に採用すべき発動機ではなかった。
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11 石道さん 2015/05/24(日) 14:27:45
Re:9

>戦後の米軍の公式テストでは700キロには達していないが、
695キロをマークしています

そうですね。私の単純な記憶違いによる記載ミスでした。失礼。

それから、すでに皆様はご存知と思われますが
下記のようなサイトがあり、幾度か閲覧しておりました。
当時の日本の国力ではぎりぎりの状況で日本は良くやっていたというのが
私も正直偽らざる気持ちですが、このようなこき下ろしは在日系の軍事オタクのサイトかと
思いました。間違っていた記載はこっそりと訂正が入っていたりしておりましたが
特に腹が立つというというレベルというほどのものとは感じませんでしたが
客観的な技術の比較だけの問題では無く
日本の精神レベルがどうこうという誠に嘆かわしいすり替えですね。

旧日本軍弱小列伝
http://www.luzinde.com/
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13 石道さん 2015/05/25(月) 08:45:45
私が関心を抱いていたひとつに、紫電改 第三四三海軍航空隊 剣部隊 グラマンとの対決です。
良くぞ健闘されたと万感の想いのひとつであります。


「旧日本軍弱小列伝」ですが、当時のアジアで日本だけがあそこまで自国の水準を世界レベルまで
高めたという経緯も世界的情勢に関しても、全く視野に無い偏狭な軍事マニアがことさら自慰的満足のための比較設定ですね。単純に数値的な比較は別段当時の状況ですからそれはそれで構いません。しかし東條閣下へのルーズベルトの風刺はさすがに黙せませんで、無駄とは思いましたが
一言、連絡を入れました。

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17 三保 平清さん 2015/05/25(月) 21:05:34
Re:13 石道さん

世界の戦闘機の中で、空戦性能(ドッグファイト)の能力だけに着目すれば、世界最強は日本戦闘機だと思います。しかしドッグファイトだけが戦闘機の強さではない。一撃離脱の時代には、何よりも高速である事と急降下に堪える機体の頑丈さが必要だ。これらに、日本の戦闘機は欧米の機種には及ばない。

世界の大戦後半期の最高速度は700kmを超えている。日本機は一部の機種が600kmを超えてはいたが、700kmには遙かに届かなかった。

更に大戦期後半には、敵の戦略爆撃機阻止の為の、高々度性能が不可欠だった。米国はこれに「排気タ−ビン」を開発して、問題を解決した。日本は大戦期後半になってようやくこの研究に着手したが、当時の日本の工業力では開発は困難だった。耐熱材料の合金を安定生産は不可能だった。

ヨ−ロッパも「排気タ−ビン」は装備しなかったが、「ス−パ−チャ−ジャ−」で対応した。日本の戦闘機の問題は、この高々度性能の不備だった。それが『B−29』の跳梁を許し、日本を焼け野原にしてしまった。

戦闘機に求められる要求は、時代によって変わる。それを見誤った日本の軍中枢・・。
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20 三保 平清さん 2015/05/27(水) 10:16:41
軍用機とは国家の生存に寄与してなんぼ・・。あの飛行機はこんな性能で・・でにしか興味がないのであれば、プラモデルをいじっておればよいのではないか・・。

過去の軍用機の運命は、国家と国家との厳粛な運命を考える為の一助となすべき・・!!
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24 三保 平清さん 2015/05/27(水) 22:40:02
willyさん

ところで『帝国海軍』が敗戦間際に作り、部隊運用を始めた対潜哨戒機『東海』を御存知ですか??第二次大戦に米英は、陸上からの対潜哨戒機には、『B−24』を転用したようですが・・。この時期に専門の対潜哨戒機は、『帝国海軍』の『東海』だけだった・・と記憶しますが・・。

もし『東海』か活躍出来る状況下であれば、日本の戦力は維持出来た・・と考えますが・・。個人的には、専門の対潜哨戒機を作るよりも、米英のように他の機種から転用した方が時間と労力と資源の節約になったと思いますが・・。

そうは言っても『東海』と言う対潜哨戒機を作り上げたのはたいしたものだ・・。
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26 三保 平清さん 2015/05/27(水) 23:16:54
Re:25

別によう答えんのなら、答えなくていいっ!!これは相手のこちらに対する通商破壊をどう潰すかと言う「大東亜戦争」を決定付けた中核の問題・・。

別にそっちの答えを期待していた訳ではない・・。非常に高度な本質的な問題・・。矢張り無理だったね・・。プラモデルで遊んでなさいっ!!!!!!!!!!!!!!!
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28 ウォースパイトさん 2015/05/27(水) 23:56:04
Re:26
お前はここのスレに来るには知恵と知識と人間性が皆無だ。
二度とコメントするな。

お前には高度過ぎて、理解不能だからな!

29 willyさん 2015/05/28(木) 06:16:30
まず「零戦」が100キロも優速の「P-38]を多数撃墜している

さて「零戦」時代の空戦はいかに敵を先に発見するか、例えば最大のライバルであった

「P-38]との繰り返される空中戦は(ラバウル)で激戦が繰り返されていた。

先に発見する空中では50キロ先くらいが望見できる、

必ず水平線上か、偶然に雲の切れ目の下方か、どっちかで先に発見する、

「零戦」の勝ちである。

空中戦は敵の後ろ上方から1秒、2秒、の勝負で終わる、

必ず機銃の数発の試射を行い、四丁ある機銃の装填レバーを引く、スロットルの

上にある、20ミリと7ミリの切り替えまたは同時の位置にセットする、

「零戦」搭乗員はOPL光学照準機のスイッチを入れる、AMC作動、プロペラピッチ自動にセット、

フルスロットルで突っ込む。

急旋回時にブラックアウトが必ず起こる、構わず急旋回を続ける、ブラックアウトは数秒で

回復する、照準機の真ん中に「P-38]の巨体、曳光弾で修正し、距離を詰める。

どんどん高度が落ちて行く、だがこれが「零戦」の勝てるパターンである。

搭乗員は食らいついたら椰子の木が機体を擦るほどの

低空まで追う、地上の兵隊から凱歌が上がる、「零戦」が相手を仕留める典型的な

例です、
30 三保 平清さん 2015/05/28(木) 08:09:45
『ゼロ戦』の最終最高の性能は『ゼロ戦54(64)型』・・。しかし遂に実戦には投入されなかった。その前に敗戦してしまった。その『ゼロ戦54(64)型』にしても、最高速度は600kmに届かない。馬力が小さいので致し方ない。ただし空中戦なら相当の威力を発揮はしたと思うが・・。

設計者の『堀越二郎』氏は、その『ゼロ戦』の限界をも承知していた。それで『ゼロ戦』で果たせなかった高速性能や、操縦士を守る防弾装置を、次の『烈風』で果たそうとした。しかしその『烈風』も遂に戦争には間に合わなかった。本当は十分に間に合っていた筈だが・・。誰がそれを妨害したのか???

更に戦争後半決定的になった高々度飛行性能を、日本機は遂に獲得出来なかった。

「・・・はスゴイデスネェェェ」だけでは、軍国少年レベル・・。確かに日本の航空機技術は素晴らしかった。航空機技術は素晴らしかったのに、戦時にそれを活かす方策を、戦時の戦争指導部が間違った。

戦争指導部が国策(航空機政策)を間違ったから、『ゼロ戦54(64)型』も『烈風』も戦争に間に合わなかった。
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32 三保 平清さん 2015/05/28(木) 08:24:10
『二式大艇』と言う凄い性能の機体を持ちながら、その運用方法を理解出来なかった戦争指導部・・。『ガダルカナル』の補給に使おうとは思わなかったのか???

『二式大艇』が雷撃に使えると勘違いした戦争指導部が、ものすごい数の『二式大艇』の量産を考えた。しかしそれが非現実的と分かると、『二式大艇』への期待が急速に冷めて、その生産機数は激減した。『晴空(二式大艇の輸送機型)』だけでも大量生産すべきだったと思うが・・。

『二式大艇』に水中探信儀を取り付ければ、『PS−1』のような対潜哨戒機になった筈だが・・。

『一式陸攻』を対潜哨戒機に転換しようとは、何故考えなかったのか???戦争遂行に大いに寄与したと思うのに・・。その余裕で『東海』を開発すべきだった・・。
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34 三保 平清さん 2015/05/28(木) 08:44:15
Re:31

☆だが、もう来るなと言ったはずだ、

★別に来たくて来た訳ではない・・。余りにも現実離れした「お花畑」の議論が一方的に陳列されるので、頭に来て思わず書き込んだ!!!!!

優れた航空機技術を持ちながら、それを活かせず戦争に敗れた・・。その問題意識がすっぽり抜け落ちているっ!!

よく聞けよ!!戦争指導部が国策(航空機政策)を適切に行えば、日本の高々度戦闘機が『B−29』を片っ端から撃墜して、日本は焼け野原にならずに済んだ・・!!日本の対潜哨戒機がもっと活躍出来れば、戦地の陸兵はひもじい思いをせずに済んだ。

よく聞けよ!!飛行機を作る原材料はアルミニウムだっ!!アルミニウムの原料はボ−キサイトだっ!!ボ−キサイトは船で輸入せにゃならんっ!!そのボ−キサイトを輸入する為の船の船団護衛を戦争指導部はやったのか???その船団がぼろぼろにやられたではないか・・!!海上護衛の努力をさぼったから・・。

ボ−キサイトがないのに、どうして飛行機を作れるのか?????
「スゴイデスネェェェ・・」だけで済む話か・・!!!
「お花畑」はサヨクに任せておけばいい・・。

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36 willyさん 2015/05/29(金) 09:42:50
空戦は中期には重量級の二機編隊の一撃離脱方式が主流になる。

日本軍は三機編隊左端の一機の役割が

不明瞭であり小隊長機+追随護衛の右機の二機が左端を率いると、

左側の機に犠牲が集中する,

速度、エンジンの出力、

エンジンの力を具現するのが「プロペラ」である。

プロペラブレードの角度で揚力を得る、この揚力が機体を前方に引っ張る、

ピッチ角、迎え角がエンジン出力を外に伝え

揚力で前に浮き上がらせる、前に引っ張る、この調整の技術が大戦中の

の日本軍に取ってはエンジン出力と並んで最大の難関であった。

高速飛行は推力を大きくプロペラの能力を高めれば良い、

プロペラのブレード面積を大きくすれば推力は大きくなる。

だが長くすれば先端と根元の速度の差が生じる、

先端の迎え角が先に大きくなり失速する。ブレードの捻りだけでは解決できない。

ブレードの数を増やす、ブレードの幅を大きくする、理論的にはOKであるが

前のブレードの通過で乱れた気流が後ろの羽根に当たり

揚力を奪い去ってしまう。

速度を求めてブーストで回転を大きく上げるとプロペラの先端が先に音速を越え

衝撃波が発生し、揚力は消失する。

帝國陸海軍対米英の技術競争がここにある。




37 willyさん 2015/05/29(金) 11:40:05
「P-51D]のプロペラ、

ハミルトンスタンダード社の四翅3.4Mであり、特徴はブレードに防水の為だろうか

カフスがついている。

7000mで698キロー700キロ、高度5000mで750キロ。

高速で飛行するときの「P-51D]のプロペラは花が外向きに開いたように外に湾曲して

見える、

「P-47]の大型プロペラと比べると「P-51D]のプロペラの捻りはそれほど顕著ではない、

三種類のプロペラを使用しているが、ハミルトン製の定速型、カフス型、

エアプロダクト製のニードル型と呼ばれるブレードの細いタイプがあるが、パイロットは

各プロペラにそれほどの大きな性能の差は認めないと発言している。

機体設計はむしろ米国を凌いでいた日本の航空産業であったが、大戦末期に150キロの

速度差と2千メートル以上の高度性能差、

日本軍の戦争準備にもう少し時間的な余裕があったならば、

恐らく米独と遜色無い戦闘機が戦争中期には登場していたはずである。

当時の速度差、150キロがどれほど第一線の陸海軍のパイロットにとって重大事であったか

日記などが残っているので、興味のある方は参照されんことを。。

38 willyさん 2015/05/29(金) 18:41:28
話が行きつ戻りつするが・・

帝國海軍機動部隊の真珠湾攻撃はフイリッピンに対する増援基地としての

台湾、仏印から資源地帯に延びる日本軍に対する脅威を取り払った。

一時的ではあるが、米太平洋艦隊は機能を損傷し航空勢力はほぼ壊滅した。

攻撃を成功させた鍵になったの、最も重要な役割を果たしたのは「零戦」

であった。

山本長官の真珠湾は一つの賭けに基づいていた、

それは「零戦」が必ず反撃してくるであろう米軍戦闘機と攻撃機を確実に

打ち負かすであろう。

真珠湾で証明された為に、日本軍の進撃ルートに「零戦」の傘をかぶせて水上艦艇、

陸上部隊の青写真全ての作戦を可能にゴーサインが出た。

全太平洋戦線、「零戦」はいたるところで後続の爆撃機、水上艦隊、陸上部隊の為に

道を開き、それを確保した。

日本軍の緒戦の進軍と成功はほぼ「零戦」によると断言して差し支えはなかろう。

実際のところ真珠湾のはるか以前から「零戦」はその物凄い性能を披瀝していた、

中国軍はもちろん、米国の情報機関、義勇軍などの

様々なルートから「恐るべき新鋭戦闘機現る」の情報は米軍に届いていた。

だが、米情報機関、海軍は全てこの情報を一笑に付した、「あり得ない」と。

39 willyさん 2015/05/29(金) 20:46:28
米軍機との空戦が激烈になるにしたがって「零戦」の弱点が徐々に敵方に知られてくる、

一つは空戦速度が一定の速度を越えると「零戦」は優れた格闘性能である横転、旋回が

極端に鈍くなる事である、同時に「零戦」の優れた格闘性能の範囲である240キロ内外で

無類の空戦性能を発揮するが、300キロを越えると「零戦」の横転が鈍くなる事が

敵方に解ってきた。

米軍は「零戦」と空戦に入るときに比較的高速で空戦に誘うと

「零戦」のエルロンが重くなり、横転、旋回が止まる事を知った。

高速で後ろにつくと、「零戦」の交す方向は右方向だ、「ゼロ」は右に振る、

弱点が明らかになって行く。

「零戦」は頻繁に改良され続けている、思い切って後継機に切り替えをする

タイミングを遅らせた理由の一つである、

兵装、重要パートの防弾と連続的に改良され続けた。

一式戦が見切られたと同じように「零戦」の終焉を早く見切っていれば、

だが、この言葉は残念ながら今叫ぶだけの懺悔に過ぎない。

事実、一式戦も零戦も敗戦まで、特攻まで最大勢力として使われ続けた。
40 willyさん 2015/05/30(土) 11:12:36
昭和10年、まだ日独との開戦はあるとも無いとも解らない時代に

米陸軍は大型爆撃機の試作開発をボーイング、ダグラス、マーチンに打診した。

米陸軍の要望は時速400キロ、搭載爆弾1トン以上、航続距離3200キロ以上という

内容だった。

ダグラス、マーチンは双発の大型爆撃機を設計した、だがボーイングだけは

今次爆撃機に対して四発の常識破りな計画を発表した。

同じ時期に、

日本海軍では「一式陸攻」の計画が具体的になっていた、設計主務者の本庄技師は

四発の重爆撃機としての「一式陸攻」を強く主張したが、

帝國海軍航空本部はそれを却下し双発を推し進めた、アメリカでは正反対に米陸軍は

ボーイングの四発を採用する。

この時の決定の差が、後に第二次大戦の大きな戦力、破壊力、防御力、搭載爆弾、

全ての面で決定的な差になって来る。

昭和10年初飛行に成功したXB17は想像以上の素晴らしい飛行性能、上昇力、高高度能力、

爆弾搭載量は陸軍の想定を遥かに超えた。

同時期日本では先に「九六陸攻」試作機が初飛行に成功した、最高速度は312キロを

マークして海軍関係者を満足させた。

この時、日本軍関係者がXB-17の性能を知ったら、どう思ったであろうか。
41 willyさん 2015/05/30(土) 11:24:53
XB17の乗員は8名、銃座は5基、頑丈な機体、優れた防弾設備、防火設備、

実戦に参加するや、撃っても撃っても落ちない空の要塞だとあだ名された。

高速で重武装の「B-17]には新技術が盛り込まれていた、

一つが排気ガスタービンの加給機と、同時に従来のエンジン出力の一部を割いて圧縮機を

まわす方式、つまりエンジン出力の余分な消費をなくして加給機を回すための源泉を

廃物利用と同じ方式を採用し、エンジンロスの無い出力を維持できた。

加給機をフルカン接続部と繋ぎ合わせて自動的に連続的に高度に応じた最適な加給が

飛行高度に応じて自由に行なわれる日本軍垂涎の技術であった。
42 神様さん 2015/05/30(土) 18:16:26
昭和6年頃に舞い降りるつもりの神様。
やはりジェットエンジンの開発に手をつけるべきであろうとももふ。
ろろんな基礎技術を開発する必要がある。
 ・軸受け:すべり軸受けににするとすれば、軸受け材として真空溶解。こり秘技だ。
      転がり軸受けー軍部の要請で国策としてベアリング会社がなにされたようだ。
 ・軸流圧縮機:理論研究、後段は400℃ぐらいまで加熱するらしい。ま、ステンで大丈夫か、
      チタンの研究もやる必要がある。ぁ、レシプロエンジンのターボチャージャーも、
      ちと高価だがチタンを使えば良い。
 ・ターブンブレード:ニッケル基耐熱合金、Ni-Al金属間化合物やin100とかいわれるやつだ。
      いったぃに冶金が遅れとる。精密鋳造法、一方向凝固、セラミック被覆。
 ・燃焼:燃焼技術ってのはガソリンエンジンやディーゼルエンジンでも重要みたぃだ。
      
43 神様さん 2015/05/30(土) 18:26:05
ヘリコプターの開発
  戦争末期に潜水艦対策としてヘリコプターがなにされたらしいが・・・・
  最初はガソリンエンジンでも良いから、開発に着手するべきだ。ローターの傾きを操作する
  ことによって前進後退をやるみたいだが、これがややこしいね。
  最終的にはジェットエンジン(ターボシャフト)にして、大型輸送ヘリ、攻撃ヘリ。
  観測ヘリ。ベトナムではヘリが活躍したらしいが、コストが大変なものらしい。
   主戦場は太平洋になるわけだが、艦船もジェットエンジンを積むべきかどーか。
44 神様さん 2015/05/30(土) 19:05:48
  大型エンジンの開発もやらねばならぬ、B52クラスの大陸間爆撃機。空中給油の技術も
  大切だな。アメリカを焼け野が原にするのじゃ。
   目標は中東にあるわけだから、大型輸送機は必須だ。
45 willyさん 2015/05/30(土) 20:58:01
Re 42,43,44<<

神様どん<<

re 42,re43, 全く同意!

ヘリコプターについては述べるつもりでいる、

ジェットエンジンの開発、それもドイツ、アメリカ並のものを開発すべきであった。

レス感謝する、ジェットエンジンの基本はその通りだ、ヘリはかなり難しいメカを

駆使している、通常の飛行機よりも難しい面がある。

論議の価値あり、


46 willyさん 2015/05/30(土) 22:35:32
米海軍が開発した急降下爆撃は急速に世界の主要海軍国に影響を与えた。

海軍技術研究所の長畑順一郎技師を団長とする視察団が米国のカーチス、チャンスボート

などを視察し研究に着手したのがその第一歩であった。

愛知がドイツのハインケルに試作を依頼した「He66]、

このモデルが「九四式艦上爆撃機」として制式採用される、

これが日本最初の制式急降下爆撃機である。

全金属製片持ち式低翼単葉、楕円翼、片持ち式固定脚、急降下制動版装着、

試作一号機は

総和12年12月25日に完成、昭和13年1月6日、各務原飛行場で初飛行に成功する。

小さな不具合、エアブレーキの振動、各舵の重さ、

不具合は続出したが海軍は米軍の主力たる艦爆を持たない限り空母機動部隊の打撃力は

完成しない、決死で開発、特訓に励んだ。

昭和14年12月「九九艦爆11型」として制式採用になり、量産に入った。

真珠湾を始めとするインド洋、珊瑚海などの緒戦の戦果はこの11型によるもので

命中率は80%以上という米軍を凌ぐ水準に到達する。
47 willyさん 2015/05/31(日) 10:29:41
「九九艦爆」は「蒼龍」艦爆隊が名高い,

真珠湾から、ラバウル攻略へ、インド洋へ、凱歌が上がり続けたが、

ミッドウエイで機動部隊の尖兵の全てが終わる。

第二次大戦時にレシプロ機の限界と考えられた時速700キロー試験的な800キロで

時代はジェット戦闘機、ジェット爆撃機の時代に突入する。

朝鮮戦争が米ソ二大国の新鋭機の実験場であったが、

アメリカはまだ二次大戦の英雄であったB-29,P-51,F4U,B26、などを繰り出してロケット弾

ナパーム弾等の高性能爆弾で攻撃を続行するが、

同時にロッキードF80,F-94、リパブリックF84,ノースアメリカンF86などのジェット戦闘機

も大量に投入した。

相手はソ連の「ミグー15」という空戦性能の卓越したジェット戦闘機、B-26[インベーダー」

は活躍を一時封じられるが、ムスタングの後継機「F86セイバー」により優勢を巻き返した。

また性能のいいジェット戦闘機「リパブリックF84サンダージェット」の戦爆両用機を

敵陣深く進入させた、これが北の軍勢を崩すきっかけを作る。

ここから冷戦時代の大型戦略爆撃機競争が米ソ二大国で製造され、爆弾は核爆弾に、

全ての抑止力は核弾頭から万能攻撃機、ベトナムを経てステルス機に時代は移る。
48 willyさん 2015/05/31(日) 12:47:48
高空史上世界初のジェット戦闘機とはドイツ空軍の「Me262]である。

ジエットエンジンの基本原理は実は単純である。

空気を流入させガソリンを噴霧する、混合気体にして爆発させる、基本である、

爆発の排気がタービンを回す、ノズルで絞って後方に噴出す、これが推進力となる。

レシプロの加給機と同じインぺラを回転させ遠心力で圧縮を得る方法、これを

遠心式圧縮機、遠心式ターボジェットエンジンと呼ぶ。

もう一つの方法は、

エンジン筒内の靜翼と回転する動翼を軸方向に沿って数段重ねて行く、

空気は圧縮されながら後方へ、これを軸流式圧縮器と呼び、この方式を軸流式ターボジェット

エンジンと呼ぶ。

遠心式は構造が簡単だが戦闘機としての致命的な弱点もある、

軸流式は構造が複雑で製造には高度な基礎工業力が求められる、だが推力は

発展的に強化、倍増する。

第五世代、第六世代、ステルス機は超高度なエンジン能力を求められる、超音速巡航を

求められる。

米英ロ仏だけがそれを達成している、現在日本の旧IHIはP&Wの強い協力でそれを成し遂げようと

している、それが「心神」である、エンジンこそ航空機の核である、中国、韓国には届かぬ

分野が戦闘機エンジンの世界である。
49 神様さん 2015/05/31(日) 16:51:15
排気タービンがいちばん有効なのがデーゼルエンジンだそうで、戦車開発にわ、ぢぇひ応用したい
大戦当時、戦車にデーゼルを使ったのはソ連と日本。馬力は500馬力ぐらいかな。今では
デーゼルが普通になって、馬力も10式では1200か、外国ものでは2000もあったりして。
 舶用の大型デーゼルでは、排気タービンも馬鹿でかい。始動時には排気タービンの回転数が
小さいので、電動機が同軸に仕組んであって、始動時だけモーターの力を借りて回転数を上げる。
高出力時には、逆に排気タービンの回転数が上がりすぎるので、同軸のモーターは、こんだ、
発電機の役割をして、排気タービンを逆に制動する。
 自動車用の小型の排気タービンだと回転数が数万回転、10万回転を目標にしてるとか。
10万回転にもなれば、軸の固有振動数に近くなるから、軸の剛性が問題となる、で高剛性の
セラミックを複合させるとか、ろろんななにがあるらしい。
 大戦中、アメリカは排気タービンのファアンにマグネシウムをつかって、燃えやすかったとか。
マグネシウムの難燃化が数年前に話題になった、カルシウムを入れるのかな? これだと
どーだろう。それともやはりチタンアルミか?
50 willyさん 2015/05/31(日) 20:33:33
re 49<<

良く知ってるね、始めてだよあんたクラスの人は。

戦車(タンク)は英国が最初に開発をした、次にフランスが

ドイツが、現在のような高性能なものでは無いが原型はこの欧州

に始まっている。

アメリカは不思議な事に戦車は後進国だ、欧州に遅れたが、

第二次大戦時には超戦車大国にまで伸し上がった事は歴史の通りだ、

日本は、タンクの「タ」の字も一次大戦時には無かった、後進中の後進国だ。

「タンクがなぜデイーゼルエンジンに移行したか」、その必然は後で述べるが、

日本はフランスの廃物の時速7キロ、8キロの超スローな軽量タンクを

10台輸入して「我もタンクを作るぞ」と始めたのが大正8年時代、

後に有名な久留米の戦車隊などに直結するが、日本はまだ日露戦争の軍備で世界の列強の

兵器の進化を呆然と眺めていたというのが本当のところだ。

ソ連という戦車大国もアメリカのクリステイー戦車を買い入れ、

開発を始める、後のBTからT34戦車に繫がり、二次大戦時にはアメリカと並んで

戦車の超大国になる。

大正14年久留米第一戦車連隊が誕生するが、肝心の戦車はまだ日本には無かった、

これはトラックなどの未発達と大いに関係がある、また後述する。

51 willyさん 2015/06/02(火) 20:13:35
排気の前処理、後処理については長くなるので後にする。

デイーゼルとガソリンエンジンの明確な違いは点火方法である。

混合気に電気的に強制点火を行い燃焼に誘うのがガソリンエンジンであり、

圧縮を先に行い高温の空気に燃料を噴射し、燃料が自ら燃え始める燃焼方法を

デイーゼルエンジンといい、点火方法だけでなく燃焼自体の根本的な違いがある。

メリットは高い[熱効率]と安い燃料を使用可能である事にある。

熱効率がいい,省エネに最も適している方法ではあるが、デイーゼルの弱点も

ある、

エンジンの騒音、排出ガス、黒煙、振動、これは市街地では公害となる、

デイーゼルエンジンの燃焼はガソリンの予備混合燃焼に比べて拡散燃焼とも言える、それは

上の燃焼方法を頭に描いて欲しい。

デイーゼルエンジンはシリンダーに入れられるのは混合気では無く、空気のみである,

ガソリンエンジンも特殊な直接噴射は空気のみであるが、一般的には混合気である。

では何故戦車にはデイーゼルが適しているのか、これは軍艦が魚雷の打撃を

和らげる為に重油を用いる事を考えて欲しい、

戦車には歩兵が単独で近づける、

軍艦や飛行機に歩兵が単独で破壊を試み成功する事は稀である、
52 willyさん 2015/06/03(水) 19:53:16
レシプロエンジンの航空機を語るスレだが、

神様と言う人からかなり高度な話が入ったので、

デイーゼルエンジンはドイツ人カルル・デイーゼルの発明によるものだが、

だが不幸にしてデイーゼルエンジンは優れた着想であったが商品化には至らず

彼自身は第一次大戦勃発前に自殺している。

デイーゼルエンジンを初めて戦車に採用したのは英国のヴイカーズの水冷四気筒

中戦車である。

英仏独米はデイーゼルエンジンの採用には消極的であったが、

積極的にデイーゼルに取り組んだ国がソ連と日本である、それぞれの事情は異なるが、

デイーゼルの発達はこの二カ国無くしては二次大戦中の強力なデイーゼル戦車の大バトルは

有り得なかった。

ちなみに現在の陸自の74式(空冷2サイクル)90式(水冷2サイクル)10式(水冷

4サイクル)の芽は日本独自のものであった歴史を記憶すべきである。

話を飛ばすが、

戦車にターボチャージャーが導入されたのは米軍の「M60]とフランスの「AMX-30]イスパノ
スイザ、であるが、ターボの欠点はエンジン回転の応答が悪く低速ではトルクが出ない
点にある。

ガスタービン戦車については書ききれないので次回。
53 willyさん 2015/06/03(水) 22:07:04
派手では無いが強力な戦果を残した英国空軍の爆撃機があった、

「アブロランカスター」

最初は双発のRR製の24気筒エンジンを想定していたが、エンジントラブルが大きく、

結果的にマーりンエンジンを四基、大型の超爆撃機として戦場に出た。

この爆撃機の優れた点は、

10mを越える巨大な爆弾倉に最大10tの爆弾を搭載した、あの「B-17」でさえ

5.4tが最大であった。

「ランカスター」は分厚いコンクリートで防御されたU-ボートの基地を徹底破壊した、

コンクリート貫通爆弾を雨のように降らせる「ランカスター」は悪魔と呼ばれるほどに

ドイツ軍を恐怖させた、

水源のダムを破壊するスキップボンビング、これは「モスキート」も得意にしていたが

生活インフラの破壊に「ランカスター」は大きな戦果を上げた。

この爆撃機は「B-17]のような防御力、高空性能は持っておらず、昼間はドイツ迎撃機に

バタバタと撃墜され、夜間のみの出撃に専念し、昼間は「B-17]と「B-24]の出番であった。

「ランカスター」、高度3000m付近で462キロ、最大高度は7400m、

乗員7名、火力は僅かに7.7ミリ8丁に過ぎず、米軍爆撃機の機動性には遠く及ばなかった

が異色の爆撃機であった。

54 神様さん 2015/06/04(木) 04:09:00
戦車が初めて登場したのは第一次大戦の後期、1916年ぐらい?
神様が舞い降りる満州事変の頃は、それから十五六年経ってるわけだが
日本はまだ戦車製造のなにはない。ウィキペディアによると最初英仏から輸入したらしいが
日本でも作ろうということで、旋盤もそれ用に作ったりして、なんかマッチ箱みたいな。
ま、当時は英仏だってそんな程度だ。で、神様、まんづ、トーションバー(ねじり棒)の
研究をうながしたい。今では戦車の懸架装置として主流になってるものだな。デーゼルエンジンや
排気タービンの研究は勿論だが、トランスミッション、こりが分からんのだ、頭の悪い神様にわ。
それは神様さらに勉強するとして、複合装甲だな。セラミックス、しかもファインな。
成形弾(heat弾)も考慮しなくてはならん。砲身安定装置、戦後初めて国産戦車をつくるとき、
砲身安定装置にだいぶ苦労したらしい。砲身が安定しないと走行もなにであろうな。
55 神様さん 2015/06/04(木) 04:22:42
戦前まったくなになのが制御工学ってやつだ。砲身安定は、まづ油気圧式で、これにサーボモーターとか、くっつくんであろうか? 対空砲なんかも、レーダーで自動照準を狙うとすれば、この制御工学がキモになる。
自動装填の研究もやらねばなるまい。
 ロケットも最初は制御が難しかったらしくて、中国のロケットなんか発射してすぐに倒れて、
あらぬ方向にいって一つの村が全滅したとか、アポロのロケットも、先端のほうに、なんか4つの
孔が見えとって、たぶん小型のロケット噴射孔なのであろう。もしロケットが制御不可能なまでに
傾いたときに使うものであろう。今のロケットにはそんなものは見えない。今でもふつう使われて
るPID制御は、いまでは古典的制御といわれるものだそうで、今は、なんか行列式をつかった複雑なもんらしい、
コンピューターの出現で使えるようになったとか。
56 神様さん 2015/06/04(木) 04:35:27
冶金
鉄に関しては、日本はアジア世界では、奇妙に進歩しておったらしい。
中国は鋳鉄の発祥地らしくて、日本より鉄の使用は勿論早いわけであるが、しかも宋の時代って
世界ダントツの技術文明だったらしいが、鉄の技術は大したもんではなかったんじゃなぃか。
 近代以前、日本の鉄の技術はアジア世界で唯一進んおった。ベッセマーの転炉、ホントか嘘か
知らんがベッセマーって、幕末に来日してるそうで、そんとき鍋釜修理職人の湯かけの技術を
見て発想したのではなぃか、なんてことも言われとったりして。
 ともかく戦前、冶金の研究に力入れなあかん。それと機械工作の精密化だなぁ
砲身なんか、戦前のに比べると今のは強度なんかも高い材料を使ってる。自動照準で砲身を
振り回すにも強度の高くて軽い砲身が良い。


57 神様さん 2015/06/04(木) 04:48:39
今の戦闘機って、マイクロ波の細いビーム(ペンシルビームってか)でもって敵戦闘機の
電子回路を壊したりするらしい。1000mぐらいの距離でもよぃとか。フェーズドアレイの
レーダーだな。が、これには相当なエネルギーが必要で発電機とか蓄電池とかあるぃわ
ジェットエンジンも強力なのが必要だらしい。支那人にわとてもそんなエンジンは作れない
とか。 戦前は電子回路も大したもんじゃないから効果ないな、そんなの。
 半導体科学、こり満州事変のころから研究をすすめにゃならん。開戦のころには初歩的な
集積回路ぐらいなにせなあかん。
 しかしなんだな。基礎的な産業力をどーやって高めるか。鉄鋼の技術革新、モータリ
ゼーション、ここいらがカギかな?

58 willyさん 2015/06/04(木) 06:29:19
Re 57<<

神様さん<

驚くよ、全く貴兄の隠れた軍事知識には、それも付け焼刃やコピペは読めば解るんだが

あんたは昔に何かそういう仕事についてたのかい?

<戦闘機って、マイクロ波の細いビーム(ペンシルビームってか)でもって敵戦闘機の
電子回路を壊したりするらしい。1000mぐらいの距離でもよぃとか>>

これはね、例えば米海軍の新鋭F/A18ホーネットにはこの装置がついている。
超Aクラスの軍事機密だ。

フェーズドアレイは支那では中国機や擬似イージス艦にもついているが、故障続出で

サーチの絵が飛ぶという話だ、

朝鮮人がパクリ目的で急に日韓軍事協定、詐欺的笑顔で近づいてきたが

日本の自衛隊の施設を視察したいと持ちかけたそうだ、

止めとけよ、朝鮮人に基地なんか絶対に見せるな、

日本人はなんで朝鮮人と簡単に握手をしてしまうんだ、まるで警戒心ゼロだ、

相手は日本を仮想ではなく、真の敵国と認定して反日国是の集団だ、こんな詐欺集団と

日韓雪解けと喜ぶ日本人の脇の甘さ、今までの、Dラム、2G携帯、液昌、どこまでパクラレたら

日本人は目が覚めるんだ。

また話そう。

面白いよ、これからも書き込みを待ってるよ。
59 willyさん 2015/06/06(土) 13:04:26
本本第一次大戦以前の戦争の概念、モラルは、地上で兵隊が戦い

一般市民は全く戦争の直接影響は受けないというものであり、

空から市民の頭上に爆弾を落とす等は卑怯な騎士道に反する行為であると思われていた。

第二次大戦のロンドン爆撃に対するドイツ本土爆撃、英国のRAF爆撃司令官アーサーハリス

の主張した「戦略爆撃」が戦争の様相を仁義無き戦いに変えて行った。

ランカスター、ハリファックス、スターリング、などの大型四発爆撃機隊はドイツ本土

への無差別爆撃に踏み切る態勢を整えつつあった、

対するドイツの防空司令部はカムフーバーライン、つまり緻密な地上レーダー網をドイツに

向う全ての地上にネットのように敷き詰めた。

昼間は米空軍の爆撃隊、夜間は英国の爆撃隊、

ドイツは地上レーダー網に支えられた夜間戦闘機部隊を四部隊整備する、

これがリヒテンシュタイン機上レーダー装備のメッサーシュミットMe110

夜間戦闘機部隊である。
60 willyさん 2015/06/06(土) 16:13:03
リヒテンシュタインレーダー、

4900MHz八木アンテナ形状を組み合わせたもので機首につくとかなり不恰好な

ものであった。

RAF爆撃隊は夜間の衝突を怖れて編隊の距離を広く取りフランス上空からドイツ

本土に入ったが、だがドイツ夜間戦闘機の猛威に抗する術が無く、

後期には編隊の距離を詰めて一塊で目的地に向うようになる、

つまり個々に撃墜されるよりは衝突という非常手段も辞さず、ドイツ攻防戦の

熾烈さであった。

メッサーシュミットMe110は機首に不恰好な大型レーダーをつけ地上の網の目のような

監視レーダーと連動して暗闇で敵の位置を特定し、

ランカスターの後方下方から忍び寄り、距離を詰め

爆撃機の下側に接近してもぐり、機体上部に取り付けられた斜め機銃の猛連射を浴びせた、

ドイツの防空部隊は昼はメッサーシュミットの単座機、夜間は双発の重戦闘機、

地上からはレーダー連動の高性能の高射砲部隊で米英軍を迎え撃った。

戦闘機は敵重爆のパイロットの顔が見える至近距離に正面から操縦士を狙い打った、

30%以上の戦闘機が意図的に爆撃機の操縦席に衝突をしている、

米英軍が恐怖に

駆られるほどの昼夜を問わぬドイツ空軍、防空部隊の闘魂は見事であった。
61 willyさん 2015/06/09(火) 12:45:23
戦いが熾烈になるに従って、敵の地上軍の中枢、戦車、要塞を空から

直撃する大口径の機関銃、火砲を備えた空からの重攻撃機、ドイツ、英国、米国、ソ連、

に登場する。

太平洋の日米戦争では島嶼争奪戦が主要な戦いになり大規模な陸上の機甲部隊同士の

激突は行なわれていない、米軍はF4U等によるナパーム弾攻撃、P-47、B-17、B-24による

爆撃であったがヨーロッパ戦線ほど本格的な対地攻撃部隊はごく少数に限られる、

日本陸軍の「九七式軽爆撃機」「九九式軍偵、襲撃機」「九九式双発爆撃機」等がそれに

該当するが、戦歴の熾烈さは欧州戦からはかなり隔絶したものであった。

欧州戦の皮切りはドイツ空軍の「Ju87シュトウカ」によるマジノ線に急降下爆撃、

対抗するソ連空軍は「イリューシャンIL−2」、両機とも小型爆弾、23ミリ機銃、35ミリ

砲、そこに英国、米国の対地攻撃機が参戦してくる。

現在では対地攻撃の主役は戦闘ヘリコプターに移り昼夜天候に関らず高性能爆弾、誘導爆弾、

対地、対戦車ミサイルが小回りの利く掃蕩戦に登場する、但し現在ではジェット戦闘機と

攻撃機の境界がはっきりしておらず、マルチロールである事は既にご承知の通りである。
62 willyさん 2015/06/11(木) 16:28:02
レシプロ戦闘機の戦いが戦後の日本を自動車王国に押し上げた一つの要因であり

その設計思想が新幹線を現実化した要因である。

ただ戦後の「YS-11]に見るが如くあれだけの航空産業を興した日本が見るも無残に

国産機一つ自前では製造できない事を知らしめる結果に終わったのは敗戦という技術の

切断である。

現在の日本は蘇りつつある、

空自の次期国産戦闘機「F-3]は戦前に世界を驚かせた零戦を生み出したと同程度の世界最先端

の新しい国産技術の萌芽である。

大きな柱がある、「敵以上の高性能レーダー」「ハイパワー且つスリムエンジン」

「敵以上のステルス性能」が形になって来ている。

最初の高性能レーダーは窒化ガリウムを半導体素子として実用化する技術であり、

探知能力を大幅に長大にする。現に海自の護衛艦の射撃管制レーダーに実用化されている。

ステルス性も高性能レーダーになら破られる、それを超えるステルス性能が盛り込まれようと

している。

エンジンはスリムという点がハイテクである、この技術で高い推力をもたらす事は並大抵の

技術では無い、ここは米国の強い協力が現在行なわれている。
63 willyさん 2015/06/11(木) 21:50:33
レシプロ全盛時代、

海軍における圧倒的な存在は「零戦」である、その存在は圧倒的であった。

では陸軍における代表的な戦闘機は何か、

「零戦」ほど圧倒的では無いが、常識的には「一式戦」であろう、

帝国陸軍の南進を支えたのは「一式戦」だと断言できる、

「一式戦」のエアーカバー無くしてはビルマもマレーもシンガポールもあり得なかった。

日本人の伝統的な決着のつけ方は1対1の決闘、それを武士道と結びつける考え方が

長く続いた、

格闘戦とは接近戦である、

優越した運動性で敵機をピッタリと捕捉して神業の一太刀で撃墜するから、

火力は7.7ミリで十分である、この強い考え方ゆえに「一式戦」が「零戦」ほど

圧倒的になり得なかったのだ。

「一式戦、キー43」は昭和12年の時点では決して後進的ではなかった、

速度、上昇力、火力,7.7ミリ二丁,

当時航空機用の12.7ミリの無かった日本に取っては最新鋭であった。

陸軍戦闘機は後に7.7ミリ主力の戦闘機と、20ミリ機関砲装備のもの、二つの戦闘機が

生まれてくる、これが軽戦、重戦である。
64 willyさん 2015/06/12(金) 09:45:26
速度、格闘性能、航続力、この三つは相反する設計要求になるが、

日本軍は陸海軍を問わず、この要求を戦闘機開発に求めた。

例えば「一式戦・キー43」に求められた性能は、

運動性は「九七戦」に劣らぬ事、最大速度は500キロ。

海軍の「十二試艦戦・零戦」に求めた性能は、

「九六艦戦」に劣らぬ運動性と最大速度500キロに酷似する。

設計陣の苦悩は例えば「九七戦」は単葉軽戦の極値であるが、これよりも大きなエンジンを

装備し速度向上を求めた新式機、必然的に重量と燃料搭載量が大きくなった「一式戦」に

実現するのは可能、不可能のギリギリの線上にあった。

もしも出力と機体重量が同一なら翼面荷重を小さくすれば運動性は向上する、

中島の大田技師は大型化した「一式戦」の翼面積を大きくとって「一式戦」に86.5という

低翼面荷重を実現した。ここに「一式戦」の戦闘機としての狙いとその後の性格づけが確定する。

同じ事は海軍機「零戦」の翼面荷重とスピットファイアーの数値を比べると104;125キロ

と、いかに日本軍機の機体が軽量であったか、格闘戦に拘ったかはっきりわかる。
65 willyさん 2015/06/12(金) 23:07:27
ユンカース「Ju88]という双発の

爆撃機、偵察機、夜間戦闘機、を兼任した名機があった。

爆撃機だけに限ってみても生産数は1万5千機にも達する、その同系列の「Ju188][Ju388]

の生産数を加えると1万6千機を超える。

大戦中のドイツ機ではメッサーシュミット「Bf109]、フォッケウルフ「Fw190]に

次ぐ大戦力であった。

昭和12年に完成した新鋭機はエンジンをダイムラーベンツDB600Aaからユンカース

「Jumo0211A]で高度4千を超えて520キロの最高速度を記録している、タイプV1から

V3,V5と性能を上げ2t(燃料満載時には1t)の爆弾を積んだ爆撃機、

夜間戦闘機、長距離偵察機、ドイツの進軍の大きな推進力になった。

昭和13年、ユンカース「Ju88-V7]が誕生する、これが4千機も生産された夜間戦闘機

、「Bf110]とともに夜間戦闘航空団の主力になった20ミリ武装、夜間戦闘機としての

能力は「Bf110]を上回った。
66 神様さん 2015/06/13(土) 10:11:47
第二次大戦中、スターリンはこの戦争はエンジンとオクタン価の戦いであると言いましたが・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/futoritaimon/43510318.html

とゆぅことらしいが・・・・
エンジンの出力はオクタン価で決まる面があるらしい。接触分解法かな、これでオクタン価を上げる、この方法ができるのが1942年か? 今は触媒にゼオライトを使うらしい。
 であるから満州事変1931年に神様が舞い降りるとして、ただちにゼオライト並びに
ゼオライトを用いた接触流動改質法の研究を始めることにしたい。
 ゼロ戦が使ってたのはオクタン価87ぐらいかな? 開戦1年ぐらいはゼロ戦で十分。二年目からジェット機を使うか、それとも秘密兵器はなるべく隠して、レシプロ機で、オクタン価100を使った2000馬力ぐらいのエンジンで、大型の新型戦闘機を登場させるか。防弾・自動消火器、機銃は、あ、機銃って12mmってなかったんだね日本軍には。米機のなんだったか12mmを
8挺もつけて、対地攻撃にも有効だったとか・・・・

67 willyさん 2015/06/13(土) 14:48:46
Re 66<<

「エンジンと燃料の戦いであった」なら解るがオクタン価の戦いとは言い切れないと思う。

例えば航空機を例に取ると、

より高馬力のエンジンを作る為に、方法としてはいかに「圧縮比」を高めるかが考えられる、

「圧縮比」はご承知の如く際限なく高める事はできない、理由は圧縮比を高めると

混合気の温度と圧力も同時に高まるのが理屈である。

これがある限度を超えるとデトネーションを起す、

これにはいろんな状況があるが、代表的なものに点火プラグの電気火花で着火するのが

正常だが、デトネーションではシリンダー内の一部が加熱状態になり勝手に発火を始める

現象である、

燃焼によって蓄積されたカーボンのススが原因の一つにも数えられる、

要するに点火時期が異常に早くなる事を指す、ピストンが一番奥まで上りきらない位置で

爆発的な燃焼が発生する、為にピストンを逆に押し戻しクランク、連結棒を破損または

妬きつきを生じさせる。

もうひとつが誰でも知っているノッキングという状態がある、

これは上に書いた現象と密接に関係がある、ここでは字数制限があるので詳しくは書けないが

続くー
68 willyさん 2015/06/13(土) 14:57:56
エンジン出力を上げる為にブーストを上げ続けると、

プラグから離れて、まだ燃焼していないはずの混合気が自然発火する、

通常より異常に早くそれも瞬間的にシリンダー内が全体が燃焼をする。

簡単にはこういう事だ、出力を低下させる。

これを防ぐには混合気の温度を下げる事、一つは水メタノールを噴射する、なぜこれが有効か

は書ききれないので後にする、もう一つが高オクタン価ガソリンを使用する事だ。

オクタン価の数値はアンチノッキング防止効果の数値である。

ドイツでは「Ta152」に亜酸化窒素を噴射した、効果は水メタノールよりこの方が高い。

航空機銃は一番効率がよく弾道特性がいいのが12.7ミリだ、

米軍はブローニングの優秀な12.7ミリ機銃に統一した、お話の8丁つけて地上攻撃

に使われたのは「P-47」だと思う、大戦時に大量に英国、ソ連に供給されている、

満州防衛軍の軽戦車部隊が片っ端から破壊されたのは「P-47]の対地攻撃用のロケット砲と

高性能爆弾、くわえて猛烈な機銃掃射である。

バトルオフブリテンのメッサーシュミット戦闘機の敗退には別の大きな理由が二つ三つある

が、長くなるのでここまでにして置く。

書き込み感謝、

69 willyさん 2015/06/13(土) 14:59:40
訂正

「妬きつき」は「焼き付き」の誤り、訂正。
70 willyさん 2015/06/13(土) 16:14:23
大戦末期、グラマン社は二種類の艦上戦闘機の開発を行なっていた。

一つは双発の艦上戦闘機、

もう一つが「F8F1」という小型で強力な艦上戦闘機である。

「F4F]頑丈で大型の艦戦から始まって、「F6F]という進化を遂げた米海軍の

艦戦は次世代の戦闘機、小型で且つ最強の戦闘機の開発に取り組んだ。

日本海軍の「零戦」こそが艦上戦闘機には最も相応しい大きさと強さを

持ったものだとアメリカ海軍が認めたことから始まっている。

アメリカは「零戦」の優越性はまず時速480キロ以下に於ける圧倒的な上昇力と

空戦能力に注目した。

「F6F]が改良されて登場した、強い戦闘機であったが、

依然として低空域に於ける空戦能力と上昇力ははまだ「零戦」が

改良型「F6F]に勝っていた。

グラマン社の最初の軽量戦闘機の開発はやはり「零戦」を強く意識していた、

性能全般に於いて「F6F]を上回る事、馬力荷重1.9キロ、翼面荷重160キロ、

「F8F]は二速加給機装備、P&W「R-2800]ダブルワスプエンジン制空戦闘機を目指した。

後の「F-4ファントム」の原型ににもなる考え方であった。

レシプロ機最高の性能を目指した「XF8F-1]は昭和18年11月末に

プロトタイプ2機が制式発注された。

71 willyさん 2015/06/14(日) 23:11:02
大戦中の米海軍の主力戦闘機は「F6F]ヘルキャットである、

そのグラマンヘルキャットと初めて対戦した時の事を坂井三郎氏は

記憶を辿ってみると、このように書いていたように思う。

「太陽を背にして優位な態勢で米機動部隊のあると思われる方向に

 向っていた時、突然水平線にほぼ同じ高度で真っ直ぐこちらに向ってくる蒼い色の

 戦闘機を見た、これがヘルキャットであった。

 豆粒ほどにしか見えない距離でグラマンは両翼の6挺の機銃を撃ち始めた、両翼が

 真っ赤に見えた、両翼の下にはスダレのように空薬莢を吐き出しながらまるで弾すだれを

 靡かせるように撃ってくる。零戦の射程では届かない距離だ、だがグラマンは翼を染めながら

 撃っている、私は思わず敵機を羨ましいと感じた、

 本能的に機を左に横滑りした、その時、私の機の横を正確にまるでアイスキャンデー

(坂井氏はこう表現)

 のような紅い棒がすれすれに通り過ぎた]

ヘルキャットの12.7ミリ機銃は初速が非常に速く弾道特性が

いい、零戦の20ミリ機銃二挺は破壊力はあるものの初速、発射速度ともに

明らかに劣っていた。

グラマン「F8F-1]ベアキャットは機銃四挺のみの武装でデビューした.
72 willyさん 2015/06/18(木) 15:43:29
「零戦」の欠点はこれ以上の改良の余地が無かった事だ。

「金星」六二型エンジンを積むしか零戦に対するグレードアップは

無理だった、とても2千馬力エンジンに耐えうる機体強度は持っていなかった、

このエンジンは低い高度なら1350馬力ー1250馬力だが「栄」エンジンの

限界は水メタノール噴射でも加給機をつけても1150馬力前後で止まっており、

要求される防弾、兵装アップには「金星」以外の選択値は無かったはずだ。

1350馬力ならなんとか零戦の空戦能力で「P-51D]と渡り合うことも不可能ではなかろう、

戦況は進攻よりは防御一辺倒、零戦は航続力を犠牲にしても防弾と兵装の

アップをやるべきだった、だが海軍は雷電に、紫電改に、そして烈風に走った。

コンパクトな零戦なら「F6F]とも「P-51]とも何とか凌げたかも知れない。

時代はもう大型の戦闘機は求めていなかった、

「F8F-2」に見るが如きコンパクトで強い戦闘機の時代であった。

レシプロ戦闘機の寿命はせいぜい2年から2年半、ジェット機との交替が時代の流れだ。

「烈風」開発のコンセプトがどうにも理解できない、大型で逆ガル翼、

重量級で頼りない「誉」エンジンで何が出来ただろうか。
73 willyさん 2015/06/18(木) 22:09:41
レシプロ機の王者、

ドイツで非主流のエンジン、空冷エンジン装備の

フォッケウルフのクルトタンク博士の送り出した最強の「空冷戦闘機」が一つあった、

「メッサーシュミットは優れた戦闘機だ、だがBf109のように速さだけが売りの

 ひ弱な戦闘機ではなく、戦場の機甲師団を送り出す」と明言した。

メッサーシュミットの補助戦力として生まれた「Fw190]は高性能を発揮し

主力戦闘機であるメッサーシュミットを凌ぐドイツ空軍の最後の最強の

戦闘機であった。

戦闘機は速度、

速度は全面投影面積の小さい液冷式が主流である、日本に導入された

三式戦闘機「飛燕」も強いドイツの液冷戦闘機であったが、日本の基礎工業はまだ

ドイツ式の緻密で完璧な

シリンダーヘッド、クランクシャフト、スーパーチャージャークラッチ、

インペラ、インジェクションポンプ、あらゆる部品の精度が遠くドイツの

レベルに及ばず、周知の通り「飛燕」は頓挫している。

だがこの液冷王国のドイツ空軍において異端の空冷戦闘機であった「Fw190]の優秀性と

強さは特記に値する。せめてこの技術が日本にあったならドイツのように総崩れはしなかった、

第二零戦は確実に誕生していただろう、帝国はまだ戦えたと信じる。
74 willyさん 2015/06/19(金) 22:59:14
英国空軍スピットファイアー、

主翼付け根で翼厚13%という薄い楕円翼、

誘導抗力の起き難い翼の形状である、安定した飛行機である事がよくわかる。

ドイツ空軍と同じようにエーススピットファイアーの影で目立たなかったが

優れた空冷エンジンの戦闘機があった。

英国艦上戦闘機「ホーカーシーFURY]ブリストルセントラースMK-18,2500馬力、

プロペラは5翅,先端の巨大なスピナーは

空気抵抗を軽減し時速平均700キロ、最大速度740キロを有した。

実用上昇限度は10,910m ,

ホーカーFURYは朝鮮戦争に参戦しMig-15ジェット戦闘機を撃墜するなど優れた性能を

披瀝した、二次大戦には間に合わなかったが、日本軍に取っては幸いであったかも

知れない。

75 willyさん 2015/06/23(火) 12:22:44
零戦がアメリカを驚愕させる戦争デビューをしたのが

真珠湾である、だが実際に零戦は中国戦線で米軍に目撃されていた。

フライングタイガーという冒険家を集めた軍とは少し離れた戦闘機部隊は

P-40を駆って日本軍と交戦していた。

だがP-40が零戦と開戦前に遭遇したという記録は残っていない、彼らが交戦した

日本軍機は九六式艦上戦闘機が殆んどであり実際の零戦の空戦性能は彼らには

わかっていなかった、

フライングタイガーが実戦で日本軍機と交戦したのは真珠湾の後であり、それまでは

偵察飛行に留まっていた、真珠湾以前からフライングタイガーが日本と交戦をしていた

というのは史実として間違っている、

航空機のエンジンにはキャブレターが必ずついていたが、零戦のキャブレターは

フロート式であり噴射式では無かった。巡航時には重力で燃料がエンジンに落ちるが

姿勢が変わった時にはこれが弱点になる。

空戦の姿勢に寄ってはスロットルへの反応の遅れを生む

背面飛行、急速突っ込み時に零戦は明らかに一瞬反応が鈍くなった。

英国のスピットファイアーの初期型も零戦と同じフロート式であり空戦性能の一瞬の

反応に影響した。
76 willyさん 2015/06/24(水) 20:24:57
「零戦」は戦い続けた、

防弾等の重量を心配するなら燃料を半分に減らせば良い、戦局は進攻ではなく

本土防衛だ

五ニ型に弾道特性のいい12.7ミリ一本に絞ったら五ニ型はまだまだ戦えた、

紫電改がエースとして登場するが、果たして「零戦」に比べてエースたり得たか?

米軍の新米パイロットの操縦する「F6F]に対して互角であっただけで、決して優越はしていな

かった、原因は「誉」の品質ががた落ちになった事だ、

「零戦」のように使い勝手のいい戦闘機にはなり得なかった、

雷電も紫電改も「数」が戦力になっていない、

日本にできる事はあくまでも「零戦」で戦争を始め、「零戦」の「限界」で戦争を止める事

だったと思う、、

「金星」の零戦は間に合わなかったが、やってみるべきだった、重量増は燃料を減らし、

主脚の強度、重量は、一部分でも滑走路を舗装すれば「金星」の「零戦」は

まだ戦えた。

「零戦」はゼロというネーミングも良かった、何よりもアジアの有色人種が

欧米先進国を畏怖させ恐怖の対象になった、これが「零戦」である。

五二型を米軍が捕獲して「F6F]が模擬戦闘を行なったが、

やはり「零戦」が強かった、

それが米海軍が急遽「F8F]の開発を急いだ理由でもあった。
77 willyさん 2015/06/24(水) 21:25:49
「零戦」の強みは「バランス」である、、

航続性能、速度、格闘性能、武装、整備と操縦の扱い易さ、稼働率の高さ、

全てが優れており、バランスよくまとまっていた、

「零戦」の「バランス」は

速度、決して世界最速では無いが二一型で最高534キロ、五ニ型で564キロ、

六四型は実験機で572キロ、

開戦初頭はもちろん後期になっても決して愚鈍な戦闘機では無かった、

米軍の「F4U]は昭和16年に600キロを超え、その後の米軍機はグラマン、ムスタング

全部650キロから最後は700キロを越えている。

だが、「零戦」いい形に持ち込めばそのクラスと十分に勝負が出来た、それが「零戦」

の魅力でもあり「バランス」の巧みさである。

「零戦」は日本が過って生み出した工業製品の最高傑作と言っても良い。

格闘能力、長時間飛行、稼働率、全てがハイレベルで安定していた。

「零戦」は比喩的に言えば現代の「ユーロファイター」に近い完成した

戦闘機である。

「零戦」の巧みさは、操縦士一人でもエンジン右上のイナーシャを回し、弾みのある間に

コンタクトすれば、エンジン始動が出来る仕組みになっている。

78 willyさん 2015/06/27(土) 21:06:09
グラマン「F8F]と「烈風」比較がある、

戦争が継続していたら必ず合間見えたであろう好敵手だ、

全幅「F8F]10.82m 「烈風」14m

全長「F8F]=7.09」−主翼を開いた時の長さ、 「烈風」10.984m。

翼面積「F8F]42.27m2、「烈風」30.86m2

自重「F8F]7.53トン 「烈風」3.2トン

最大速度「F8F]高度6550mにて710キロ、「烈風」高度5700mにて628キロ

武装「F8F]12.7ミリx4 各300発、5インチHVARx4、爆弾450キロx2

武装「烈風」20ミリx2、13ミリx2、または20ミリx4
      爆弾30キロx2、または60キロぇ2
「F8F]の
実戦は昭和20年8月西太平洋、空母「ラングレイ」CVL−27、で実戦に飛び立とうと

したが、機会を逃した。

日本軍にとって、この「F8F]と交戦しなかった事が幸運であった、

たとえ「烈風」が無事に就役していたとしても、

まともに勝てる相手では無かった、これはあらゆるデーダー、シュミレーションで

確実である。


「烈風」をあらゆる態勢で速度が100キロ以上上まわるベアキャットは

史上最高の艦上戦闘機、史上最強のレシプロ機の限界を飛ぶ戦闘機であった。
79 willyさん 2015/06/30(火) 17:24:33
戦闘機は操縦者の腕前による例がある、

空自の「F-15J改」、いまアメリカでは続々と退役が始まっている35年の老兵、

第四世代である、だが空自のパイロットの手にかかればまだこの

老兵も4.5世代、改造をくわえると第五世代機とタイマンを張ることが可能である、

これが戦闘機である。

敗戦まじかの硫黄島上空で「F6F]ヘルキャットと「零戦五二型」との激しい空中戦が

行なわれた、双方とも40機から50機の戦闘機が正面から死闘を演じた、

この結果をご存知だろうか?

まず言っておかなければならない事は、「F6F]は過って「零戦」が得意とした旋回性能

上昇力、ともに「零戦」を凌ぐ改良がなされており、速度は比べ物にならない。

火器は「F6F]が圧倒的であり、機銃の初速、発射速度の両方とも「零戦」で代表される

日本軍機の適うレベルではなかった、照準機の正確さ、自動燃料カットオフ、分厚い

防弾、防漏装備、パイロットの前後に味方識別と敵捜索の最新式レーダー,

編隊の中隊長,僚機のクリアーな音声通信、

「F6F]は高速でも優れた運動性能を示した、「零戦」は高速では確実に補助翼が

重くなって動きが止まった。

ー続くー
80 willyさん 2015/06/30(火) 22:04:13
硫黄島上空での「零戦」対「ヘルキャット」の空戦は、

能力の違いすぎるヘルキャットが10機撃墜されている、

これは誤解のないように、

「零戦」がまだ「F6F]と戦える戦闘機であるという考えは間違いである、

ヘルキャットの撃墜は二人の日本海軍のトップエースによってのみ撃墜されている

この事実を絶対に覚えておくべきだ。

その二人とは坂井中尉と武藤少尉であった、撃墜は90%がこの二人によって

優越したヘルキャットに火を吹かせた、

日本側のヘルキャット撃墜数は10機、多くて乱戦の中で12機、

だが日本側は40数機の「零戦」と若いパイロットを一挙に失っている。

ニューギニアのラエの「零戦」対「F4F]の空中戦、米軍は陸軍機も混じっていたが、

この時には「零戦」が米軍機を追いかけまわし命中弾を放った、

それから1年半、

第二次攻撃隊が組織され、硫黄島の最後の「零戦」40機はF6F]60機と対戦した、

その日、半数の20機の「零戦」が撃墜された、ヘルキャットは無傷であった、

第三回目の迎撃戦、20機の「零戦」のうち11機がさらに失われた、残る「零戦」は

たったの9機、もはや硫黄島の航空戦力は費え去った、




81 willyさん 2015/07/03(金) 19:54:05
「SBDドーントレス」急降下爆撃、

SBとは策敵爆撃機の意味であり、最後のDはダグラスの頭文字である、

この殊勲の艦爆と日本海軍の「九九式艦爆」との比較では、九九艦爆が固定脚である

以外に、大きなスペック上の差異は無い、

つまり両者ともほぼ同じ性能の艦爆であるという事になる、ドーントレスが450キロ爆弾を

抱いていた事と九九艦爆が250キロ爆弾であった事も性能の差によるものでは無い、

米海軍が近接攻撃を取れる陣営を組んだ事と日本海軍が航続力を重視した結果に過ぎない、

もし日本海軍の空母が近接して戦う方法を取れば、九九艦爆も450キロ爆弾を

叩き込む事は可能であった。

SBDはライト社の「R-1820]14気筒、離昇出力1千馬力、7.7ミリ機銃x4、乗員は2名、

だが米海軍が考案した艦爆、「SBD]は珊瑚海で「祥鳳」を撃沈、「翔鶴」を中破し、

天王山のミッドウエイでは日本海軍の至宝の四正規空母を葬り去り戦局を逆転させた。

米海軍にとってのドーントレスは「勇者」であり、攻撃の切り札であった、

この飛行機の優れた発明は、バフェットを防ぐ、穴あきのダイブブレーキ兼フラップこそ

決め手になった照準を確実にする必殺の勘爆であったといえる。
82 willyさん 2015/07/03(金) 21:53:59
訂正

Re 81<<

「必殺の勘爆」 訂正 「必殺の艦爆」に訂正します。
83 willyさん 2015/07/07(火) 21:43:02
爆撃の方法には多種多様な方法がある、

オーソドックスなものはアメリカが考案した急降下爆撃で空母の甲板を

使用不可能にする、運がよければ轟沈させる。

普通は50度から60度、時には70度のほぼ垂直爆撃もある、

或いは敵の対空砲火を避ける為にごく浅い角度で緩降下しほぼ水平爆撃に近い姿勢で

敵艦を攻撃する方法もある。

現代では爆弾の性能が桁違いに大きい、その為に爆発の巻き添えを裂ける為に

パラシュートのようなものを利用して降下速度を落とす事もある、極端なのは

小型核爆弾を投下する場合には、急降下では無く急上昇しながら核爆弾を上に

向って放り投げる方法もある。

水平爆撃の優点は、

航空から投下する為に、その爆撃効果は想像以上に大きい、急降下爆撃など

比べ物にならない、水平爆撃が最も強い炸裂を生ずる、

マレー沖海戦での水平爆撃の命中率は動く目標に向って水平爆撃を行った、

通常はどんな熟練の飛行隊でも5%以下が普通であるが、あの時は6%の命中率を

記録した、いかに帝國海軍の初期のパイロットは優秀であったかの証明でもある、

−続く
84 willyさん 2015/07/07(火) 21:51:17
真珠湾では動かない目標に向って隊列を組みながら指揮官の投下を見習いながら

後続機が水平爆撃を行った、命中率は高いはずだが、20数%で30%には届かなかった、

いかに水平爆撃とは命中率の悪い攻撃法であるかの一つの例である。

真珠湾当時のアメリカ軍艦の装甲は約127ミリ、

このくらいの装甲なら爆撃高度を5千から3千に落としても800キロ徴甲弾ならば

貫通が可能であったろう。

真珠湾の例でわかるとおり、淵田中佐の隊がアリゾナ始め米戦艦を葬り去ったのも

水平爆撃の強力な破壊力である、

一方、急降下爆撃は水平とは正反対の爆撃法であり、

まず急降下から急上昇、引き起こしが可能な爆撃機の機体は強い強度が求められる、

つまり自重が大きくなるという飛行機にとっての敏捷性を損なう宿命が付きまとった、

ー続く
85 willyさん 2015/07/07(火) 22:04:08
急降下爆撃は命中率は高いが、弾着スピードと爆弾の大きさで水平爆撃に適うものでは

無い。

急降下爆撃の威力は結局は急降下する飛行機の速度が弾着スピードであり、

それが威力の限界である、戦艦などに対しては甲板上の機銃、対空砲をなぎ倒すだけで

ミッドウエイで大空母を撃沈できたのは、急降下爆撃の威力、貫通力によるものでは

無い、誘爆である。

戦争後半に特攻機が数多く敵艦に体当たりした、

その効果は誘爆が無い限り、特攻機の速度が弾着スピードの限界であり、

急降下爆撃よりもさらに威力は減少される、



ー続く
86  [Delete]
87 willyさん 2015/07/14(火) 22:25:31
「制空戦闘機」とは何であるか。

ある空域の航空支配を行なう「Air superiority」つまり航空優勢を確保する戦闘機である。

現在ではマルチロールが一般的になったが、

二次大戦時における「制空戦闘機」の始まりこそ「零式艦上戦闘機」21型ー52型

であり、これが世界最初の制空戦闘機である事に間違いは無い。

ドイツの「Bf109」も制空戦闘機であった、

後に続くものはアメリカの「P-51D]が出現するまで純粋な制空戦闘機は

誕生していない、スピットファイアーも、「一式戦」も「四式戦」ですら制空戦闘機

たり得ない、海軍の雷電、紫電改は全く制空戦闘機足り得ない、「零戦の前に零戦なし」、

グラマン、「F6F]も制空戦闘機では無い、

米海軍は後に「F8F]を制空戦闘機として製造したが、二次大戦は日本の降伏で出番が無かった、

ー続くー
88 willyさん 2015/07/14(火) 22:35:27
この系譜を継いだのがベトナム戦争の「F-4]ファントムであり、これが戦後初の

制空戦闘機である。

米空軍には「F-15]を制空戦闘機として送り出し「F-16]を補助としてペアにしたが

現代では役割が別れてきておりその境目ははっきりしなくなっている。。

現代では「F-22]「ユーロファイター」「Su-33」が純粋な制空戦闘機であるが、

その確実なルーツは「零戦」にあった。

零戦の形を下から見ると解る、主翼、大きな補助翼、射撃安定性

の為にわざと尾翼と全長を長くしている、細く絞り込まれた胴体、

見通しの良い戦闘型・戦闘機、

「零戦」の評価は世界で非常に高い.

後に永野修身が述懐していたが、アメリカの国力は日本が想定した規模を遥かに超えていた

開戦前に日露戦争と同じようにアメリカの国力は日本の約10倍であろうと見積もったが、

実際には50倍、いや100倍に届く国力の差が日本の優れた戦闘機、駆逐艦、潜水艦、

軽巡洋艦の活躍を封じ込め、ここまで叩かれるとは想像すら出来なかった、と涙ながらに

語った画像を見た事がある。

敗戦した、だが「零戦」ほどの最高傑作は世界軍事史上で初めてのものであり、

誇りを持って「零戦」を長く記憶したい。
89 willyさん 2015/07/15(水) 20:54:40
二次大戦末期のドイツ空軍で可変翼を持つ戦闘機が完成していた、

「可変翼」というのは後退翼の利点と弱点を同時にカバーしようという発想から生まれた。

簡単には後退翼は高速では非常に有効な安定性を飛行機に与えるが、

低速ではこの後退翼が不安定要素となる。

それを解決するアイデアがドイツで生まれた可変後退翼である。

「メッサーシュミット「P-1101]は主翼の後退角度を地上で35、40、45度に調節が

可能な画期的なものであったが、敗戦でその技術はアメリカに渡った。

最終的に完成したのが「F-14]トムキャットである、

トムキャットは飛行中でもコンピューター制御にて飛行中でもマッハ1を超えると

最大後退翼角度である68度まで高速態勢を取る、映画「トップガン」に登場したのが

海軍機「F-14]トムキャットである。



90 willyさん 2015/07/16(木) 20:27:45
「A6M7]つまり「零戦六二型/六三型」は零戦の最後の型式である、

実体はどんなものだったのだろうか、

はっきり言って、「零戦六二型」とは「零戦五ニ型丙」と同一のものである、

違うところは「六二型」とは戦闘機であるよりも、爆弾を数発/懸吊できる型式であり

端的には「特攻機」としての色彩が非常に強い、最後の「零戦」であった。

一方、「零戦五ニ型」の主点は、

射撃兵装の強化である、「五ニ型甲」を例にとると、

20ミリ機銃の弾装をベルト給弾式に変えたことで主翼内に箱状の弾倉を必要とした、

為に、「五ニ型甲」の主翼形状は兵装強化の種々の要求に答えるために主翼の外版を

従来の0.6ミリから0.8ミリに増し、急降下制限速度を従来の660キロから

749キロに引き上げた事が大きな変化である。

この後「五ニ型乙、丙」に続き、「五ニ型乙」からは

海軍で始めて搭乗員の防御を実施した風防正面の中側に45ミリ厚の防弾ガラス、

操縦席後ろには55ミリ厚の防弾ガラス、厚さ8ミリの防弾鋼板、もはや意味の無い

7.7ミリ機銃を撤去し、後方のガス抜き穴は閉鎖されたがカウリングの発射孔は

製造工程の問題でそのままで「六二型」「六三型」へと続いていく。
91 willyさん 2015/07/17(金) 18:19:56
[A6M5c]

「零戦五ニ型丙」とは「A6M5b]=「五ニ型乙」の主翼20ミリ機銃の外側に

三式固定機銃一型13ミリ機銃を一挺ずつ左右に追加装備し、

更に風防正面内側に厚さ45ミリの防弾ガラス(五ニ型乙と同等のもの)プラス

操縦席の真後ろに暑さ55ミリの防弾ガラス、プラス厚さ8ミリの防弾鋼板を

備えた機種である。

「六二型」に繫がる、最終的な改良が施された「零戦」である。

武装と防御装備の大幅追加によって「A6M5c]の全備重量は3トンを超え、

「零戦」という稀代の空戦能力を備えた帝國海軍のキイであった戦闘機はここで

終わったと考えていい。

発動機は「零戦三ニ型」以来全く向上しておらず、「五ニ型丙」の最大速度は

540キロまで落ち、主敵グラマン「F6F]に対抗する全ての能力を失ってしまった。

「零戦五ニ型丙」の飛行能力は軍令部にとっても容認すべき事では無く、

急遽「栄三一型発動機」への換装を指示し「A6M6]として試作を命じた。



92 willyさん 2015/07/21(火) 22:39:50
旧式化した「九九艦爆」をカバーする為に「零戦の爆弾搭載型」が

昭和19年6月のマリアナ沖海戦より実戦投入された。

「爆戦」には従来の「二一型」や「五ニ型」の胴体下面に爆弾懸吊装置を

取り付けたものは「特攻機」として使用されたが、海軍は「五ニ型丙」の主翼中央部に

常に二五番爆弾を取り付けた機種を開発配備するように昭和20年になってから

この「丙」型の爆弾搭載機が完成した。

この型は「六三型」と記録されているが、数字の「三」は水メタノール噴射装置を

備えた「栄三一型」発動機を搭載している事を表す数字である。

だが、日本における水メタノール噴射の効果は大して上がっていない、欧米の同じ方式が

全て速度20キロ増の効果を上げているのに日本の水メタノールは効果を上げていない。

結局「零戦六三型」は「六二型」に戻され発動機も「栄三一型甲」となる。

「爆戦」の弱みは本来は落下増槽を吊る位置に爆弾を吊るので苦肉の策として

左右主翼の下面に150L入りの落下増槽を吊るようになった。

だが広く言えば

全ての型の「零戦」に爆弾は搭載すべしとなり、本来は艦爆をカバーする役目が

結局最後は全零戦は特攻機となって行く。
93 willyさん 2015/08/06(木) 20:59:27
戦闘機の武装、

アメリカが取った方法は、機銃を全部主翼に装備する、口径は最も弾道特性の良い

12.7ミリを両翼で最低四挺、平均六挺の比較的小口径の機銃を多数装備する。

一発で敵機を粉砕するよりも、日独の防弾の薄い相手には多数の弾丸を集中的に

長時間浴びせ続ける事が効果的であると考えた。

零戦は当初は機首に7.7ミリを二挺、主翼に20ミリを二挺で戦争に突入した、

後に7,7ミリは連合軍に全く効き目が無いと知り、五ニ型乙からは右側機首を

13ミリに換装し、五ニ型丙からは13ミリ二挺とする。

ドイツ空軍は命中率を重視し、機首、或いは軸内発射に拘ったが構造が複雑すぎた、

プロペラ圏内に機銃を装備する、当然高速で回転するプロペラに発射弾丸が触れては

ならない、

ドイツは倒立V型エンジンの谷間に砲身を装備、これは機首の中心部から

発射できるメリットがあるが、一挺しか装備出来ない為、大型のM20機関砲を選択した。

米軍はP-39では、同様に機首に37ミリ機関砲を装備している、P-39は

特殊な戦闘機である、エンジンはミッドシップであり、為に機体の重心部にエンジンを

置く方法を取り、機首上部には12.7ミリを二挺、武装を機首に集中している、
94 willyさん 2015/08/26(水) 23:02:15
昭和19年7月7日、

厚木基地に「雷電」「月光」の搭乗員見習いが集結、いざこれからというときに、

サイパンが陥落した。

帝國海軍の至宝、母艦航空隊はマリアナ沖海戦で壊滅的打撃を蒙った、

マリアナの航空戦は基地航空隊の小規模なものに限定され、間も無くグアム、テニアンの

陥落も秒読みと思われた。

この事態は、当然の事、「B-29]の要求する広大な整備基地、コンクリート滑走路を

もてるテニアン、グアム、サイパンが使用される事は大本営でも理解していた、

この時、陸軍は一ランク下の飛行旅団で東部、西部を防衛していたが、

東部、西部軍管区は飛行旅団から飛行師団に改編される。

答えて、大本営海軍部は三〇二空、呉空、佐世保空を陸軍の防衛総司令部の傘下に加える

事を決定した、戦況は逼迫していた。

7月12日グアム島に、テニアンには7月13日、米軍の上陸部隊が押し寄せた、

三三ニ空の飛行隊長の倉兼少佐は「雷電の翼面荷重の高さを理由に若い少尉、中尉の

「雷電」搭乗を逡巡した、三期上の山下少佐が雷を落とす、

自ら母艦着艦式に見事に着陸をし、全員の士気を大いに高揚させる、

いざ征け出撃せよ、

「雷電」に託す帝都防衛、敵は「B-29]
95 willyさん 2015/08/26(水) 23:35:04
「雷電」の操縦習得の難しさは、

「零戦」のように教官が乗れる複座型が無い事だった、

「雷電」の整備の難しさはエンジンよりもプロペラと機体そのものにあった。

「雷電」の旋回時の失速と離陸時の沈み込みを不安に思う搭乗員は「雷電」の

強さを認めながらも、手足のごとく操れる「零戦」を駆って強敵「B-29]に挑んでいた。

「雷電」は前方視界の悪さ、着速の速さ、離陸時に急上昇をしないと主脚が入りにくい

癖、したがって油圧計、筒温計から一時も目が離せない難物だった、

海軍航空本部は,比較試験を行なっている、

「零戦」「雷電」川西の「紫電二一型」=「紫電改」、「烈風」の完成までは

「零戦」「雷電」「紫電改」の三機種に絞る。

上昇力は「雷電二一型」の6千まで5分50秒、「紫電改」は6分、

最大速度は「雷電二一型」の611キロ、「紫電改」は630キロ、

空戦能力は、、

「雷電二一型」は空戦で「零戦五ニ型」に勝ち目なし、

「紫電改」と「零戦五ニ型」はほぼ同等と評価された。

対重爆戦、

「雷電二一型」の火力と防弾装備は「零戦」に勝る、

「紫電改」は火力、防弾ともに「零戦」に遥かに勝る、この時点の評価は

「紫電改」が「雷電」よりも大きく期待された。

96 willyさん 2015/09/10(木) 21:58:31
飛行機が兵器として登場したのが昭和の始めだ、

もちろん全て米英独のコピーからの出発だった、

昭和7年くらいになると日本の航空技術は飛躍的に発展する、九六戦闘機、

九七戦闘機、同時期アメリカでは600キロを狙う戦闘機の試験飛行が

成功しつつあった。

レシプロ戦闘機には致命的な速度の壁がある、

例えば英国のクランク・ホイットニーが軸流式ジェットエンジンの特許を取った頃、

昭和5年頃の話だ。

レシプロエンジンの弱点は大きくて重い事、縦運動を回転運動に変換する複雑なメカが

必要である、

速度を追及すると、プロペラの回転が増すに従ってプロペラ先端が失速する、衝撃波、

ここがレシプロエンジンの速度の限界だ。

ジェットエンジンは、

小型軽量で大推進力を生み出せる、軸受けなので暖気運転が必要ない、潤滑油も

ごく少量ですむ。

往復運動を回転運動に変換する複雑な装置も必要ない、

考えてみれば、ジェットエンジンの軸受け回転の方がレシプロよりはずっと簡単で

あったが、

現在の米ロの高度なジェットエンジンは非常に難しい、軸が細くて大推力を生む

難しいエンジン、

これこそ第五、第六世代の

ステルス戦闘機のキイの技術だ。

97 willyさん 2015/09/27(日) 19:25:55
昭和16年12月、開戦直後、

「キー八四」重戦闘機の試作命令が中島に出された。

エンジンは中島の「ハー四五」海軍名「誉」18気筒、直径118cm、2千馬力、

プロペラはラチェ式可変ビッチ、これが陸軍航空本部の決戦戦闘機であった。

試作一号機は昭和18年3月完成を見るが、蝶型フラップが油圧の力不足で作動が安定せず、

4月上旬に大田飛行場で初飛行を行なった、だがここまでの道は遥かに遠かった、

その前に、帝國の戦闘機を語るには絶対に避けて通れないシンボル的存在が「零戦」である

、大方の周知するところである。

「零戦」誕生の背景には昭和5年の海軍軍縮会議がある、制限された海軍の

打撃能力を航空機に求めた、だが当時の日本の航空兵力は列強から大きく立ち遅れていた。

既に語りつくされた「零戦」の能力は、簡便に述べると多くの相反する性能を一身兼備

高度の均衡にあった、性能は1千馬力のエンジンでは極限ともいえる性能を搾り出した、

戦闘機は須らく「速度」「火力」「上昇力」「航続力」が均等に求められるものだ、

支那戦線でデビューした「零戦」は当時の速度、火力、上昇力、航続力の全てを備えて

おり、無敵と信じるに足る優れた戦闘機であった、


98 willyさん 2015/09/27(日) 19:59:02
「零戦」の500キロ超は当時の世界標準であり、

上昇力は抜群に優れていた、軽い機体で急上昇する「零戦」は後の2千馬力級の

米海軍戦闘機とも互角に戦える能力を持っていた、

火力は後に改良され、終戦まで「零戦」の20ミリは米軍の大型機や速度の

優れた新鋭機を苦しめ続けるほど効果的であった。

次に高度との戦いであった、

「零戦」は終戦まで戦えた世界一の優秀機であったが、1千馬力弱の中型エンジンで

極限の能力を詰め込んだ為に、列強が普通に装備した防弾能力と通信能力、レーダー

等の附属装備が、全部搭載不可能であった、

これらの附属能力の欠如は即、パイロットの重大な消耗を招いた、

「キー八四」はこれを解決できる強い願望を込めて登場するが、

帝國が敗れた原因には数多く語られている、

物量、工業力と一口に言えばそれで終りだが、日露戦争から決定的に変わった

戦争の形態、航空兵力に立ち遅れた事が大きな原因だと思える、

太平洋の戦いは広大な海と島嶼の奪い合いであった、それは制海権でありその制海権を

確保するのが制空権であった、

端的に言えば、帝國の進撃は「零戦」が力つきた時に終わったが「キー八四」が

昭和17年末から配備されていたら、

99  [Delete]
100 willyさん 2015/09/28(月) 18:09:19
諸性能のバランスが取れた戦闘機といえば「零戦」が上げられるが、

無敵を誇ったのは大戦前半であり、後に「四式戦」が登場した頃にはその性能の差は

明確であった、既に「疾風」でなければ列強と互角に渡り合える戦闘機はなかった、

「零戦」はミッドウエイ当時の搭乗員が健在ならばまだ「F6F]と互角に渡り合う事が可能

であったが、新人パイロットが出撃すると「疾風」のみが米軍一線級と互角の戦いを

する能力を秘めていた、「紫電改」は配備数が少なく戦局挽回の戦力とはなり得なかった、

別の角度で見ると、

「零戦」「Bf109][スピットファイアー」の時代は終わっていた、だが共通している事は

これらの名機と呼ばれる三種類の優秀戦闘機にはどれも後継機が育っていなかった事も

珍しい共通点である。

「零戦」の後継機「烈風」は飛ばず、「メッサーシュミット」の後継機はジェット機に

託すのみ、「スピット」の後継機は戦闘機というより爆撃機に近い性能のものであった。

「F6F]は「烈風」の登場が頓挫した事で辛うじて名機の列に残るだけ、「F4U」コルセアも

頭うちであった、

一人「疾風」と「P-51]が突出した大戦時のレシプロ戦闘機であったと言える。
101 willyさん 2015/09/28(月) 20:57:04
海軍の「紫電改」はまだ未完成の部分が多く、「雷電」は「鐘馗」と同じく

インターセプターとしての性格が強く出すぎていた。

切り札の「疾風」にも問題は付きまとった、その第一は

稼働率の悪さである、

「疾風」の場合にはもう日本の国力では仕様がないと思われる限界まで戦った、

稼働率はエンジン関係のトラブルが付きまとった、

日本軍機の中で突出した性能を大戦末期に示した「疾風」でさえも

プロペラや主脚のトラブルの続出は泣くに泣けない日本軍機の宿命として足を引っ張った、

いくら性能が優れた戦闘機でも戦えないのでは持ち腐れになる、ここはついに乗り越える事が

出来なかった。

以上のような宿命的な欠陥を持ってはいたが、部隊によっては100%近い稼働率を

記録している、

このようなばらつきの一点を取り上げ、「疾風」もやっぱり駄目かというのは早計である、

この頃には燃料も使用材料も、生産者も生産設備も全てが質が低下し、国土と工場は

満足な姿をしているものは一つもなかった、

それでも、日本は米軍の最優秀戦闘機「P-51]に真っ向勝負を挑める戦闘機をかなりの占領地に

広範囲に配備した事実は称賛に値するものと考えている。
102 willyさん 2015/10/12(月) 12:42:04
「疾風」のエンジンは日本の技術を結集した「ハー45」である。

周知の如くこのエンジンは海軍の「零戦」陸軍の「一式戦」に使用された「ハー115」

の18気筒版である。

開発にあたり離昇出力を2千馬力に目標を置いたが、筒径130、行径150のシリンダー

を14本使った「栄」の総容積は28Lであり気筒を18本に増やしても総容量は36L、

これでは出力を1千馬力から2千馬力に増大するのは難しい、

日本の技術陣はブーストの増大による吸入空気の増加と回転数の増大に加えて多少の

高オクタン価燃料の採用と水・メタ噴射を採用すると決定した。

かなり無理な出力増大は熱の増大に繫がり冷却ファンを外形一杯サイズの鋳物を

自動旋盤でフインを削りだす方法を取った、

これは後に薄いアルミを挟む方法に変更したが、技術の優れている点は外形を大きく

変更せずに18気筒化する為に吸排気管の配列、導風板の位置、形状にも大いなる工夫が

なされている、

実質的な大型エンジン競争には負けた日本の軍用機だが、ここまで持って来た苦労と工夫は

航空後進国日本は悔い無し、大日本帝国の進軍が単なるラッキーではなかった事を

裏付ける重大な証拠である。
103 willyさん 2015/10/14(水) 19:17:07
戦闘機には必ず「A]と「B」を持つ事だ、アメリカ人の良く言う「ならばプランBで」

この言葉の通り、戦闘機もAとBが必要になって来た、

戦時日本は余裕の問題もあったが常に「A」一つの戦闘機に集中した、B戦闘機を持て

なかった、「零戦」も「紫電改」も「疾風」も全部Aプランである、

現代の戦闘機、

例えば「F-15]の最大速度はマッハ2.5とされているが、

その速度で飛び続ける事は不可能である、マッハ1を超えると限界が来る、

それ以上は、アフターバナーを使用するしか方法が無い、だがその制限時間は1分以内

だ、巡航速度は旅客機と大差ない、せいぜい0.8くらいだ、これが第四世代と言われる

所以である、

Aバナーを使用するアクセルは昔から存在した、「SR-71][MiG25/31、高速旅客機の

コンコルドさえもこの範疇に入る、

これを乗り越えたのが第五世代の戦闘機だ、

例えば「タイフーン」「F-22]推力重量比の大きなエンジンを使用する事で

アフターバナー無しでマッハ1.7で巡航飛行することが可能である、

これがどれほどの航空優勢になるかは、また述べるが、

現代の空自の「F-35A]は高速巡航は可能だが、これ一本では弱い。
104  [Delete]
105 willyさん 2015/10/20(火) 13:30:24
日本のエンジン開発の終着点として、どうしても取り上げなければならない戦闘機が

「零戦」の直系の後継機である「烈風」である。

「零戦」を追い詰めた米海軍の「F-6F]戦闘機にも十分に対抗できる事を期待した

本格的な大型の単発戦闘機である。

「烈風」はヘルキャットやベルキャットとの直接対決なくして敗戦を迎えたが、

日本の戦闘機の最後の量産型レシプロエンジン装備機という歴史的な戦闘機であった。

「烈風」は緒戦の戦勝ムードに陰りが見えてきた昭和17年春から18年にかけて

設計作業が開始されている、

だが実際に試作第一号機がAA7M1)が試験飛行をしたのは昭和19年5月になってからであった。

「烈風」は開戦直後から南方戦線で大活躍していた「零戦」の後継機としてその速度、火力、

防弾力の不足を補うだけではなく、遥かに強力で陸上、海上、共用の戦闘機の実現を

目指したものであった。
106  [Delete]
107 willyさん 2015/10/21(水) 20:56:47
日米の技術格差を決定的にしたものが2千馬力級エンジンであるが、

その格差をさらに広げたのが高空性能を確保する為の排気タービン過給器の開発で

日米の航空格差は決定的になった、

もちろんプロペラ、オイルシール、高性能プラグ、ハイオクタン燃料、画一式部品、

クランク、ピストン、航空無線、レーダー、それらが総合して日米の航空格差は

昭和19年になるともはや決定的になってくる。

「烈風」こそは帝国海軍が祈りを込めて開発を急いだ戦闘機であったが、艦上機で

ありながら既に機動部隊は組織的な力が無く、「烈風」は陸上機としても使用できる

ように手直しをされるが、その場合に翼面加重が高速戦闘機には邪魔になってくる。
108 神様さん 2015/10/22(木) 13:18:44
アメリカは モータリゼーション社会に入りつつあった。
これが技術開発に弾みをつけたのだな。
  国民性としては、日本人の技術マニアックな国民性は、世界有数、アメリカ人をしのぎ、
ドイツ人に並ぶかそれ以上だな。

ま、明治維新から70年ぐらいかな、こりゃもぉ大したもんだよな。

あ、排気タービン、B29ではマグネシウムをつかってて燃えやすかったらしい。
神様の計画では チタンおよびチタン合金の開発研究を昭和6年の段階から推し進める
つもりじゃ。
109 willyさん 2015/10/22(木) 18:36:41
神様<<

<アメリカは モータリゼーション社会に入りつつあった。
これが技術開発に弾みをつけたのだな>>

そう、その通りだと思う。

日本も次の戦争は消耗戦争、つまり正確で均一な部品を大量生産できる国家体制を

自動車産業の振興に求めるべきだった。

日本の航空機の設計、空力的アイデア、操縦性、ここは世界の先進国と完全に肩を並べ

あるものは世界を凌いでいた。

だが、ドイツの液冷エンジンをものに出来なかった(三式戦飛燕)のように

クランクシャフトなどの均一部品と正確性でばらつきが付きまとった、

摩擦が大きいエンジンだからオイルを大量に必要とする、だがオイルシール技術が

問題だった、鏡面主翼の滑らかさも日米の戦闘機を比べると解る、

プロペラも、つまりレシプロエンジン航空機の基礎は自動車産業が普通に行き渡っている

国が圧倒的に有利である、米独英、日本の社会生活レベル、消費レベルの問題もあり

高価な自動車を個人が普通に買う国家ではなかった、自動車産業は限られた軍需用に

限られた、そこが消耗と精密の代名詞のような航空機に大きな遅れを取ったと考える、

排気タービンは材質のほかに設計上の問題もあった、また述べる、

書き込み感謝!
110 三銃士参るさん 2015/10/23(金) 08:25:41
Re:108
> 日本人の技術マニアックな国民性は、アメリカ人をしのぎ、ドイツ人に並ぶかそれ以上だな

ある部分では日本の技術が米独に伍すものがでているが
全体をみれば明らかに日本は遅れている
特にIT,宇宙航空、医療、医薬、軍事機器は遅れを取り戻せない
優秀なのは生産技術くらいなものだろう

これだけは世界一といって差し支えないものがある
日本の工業規格はJIS,米はEIA,独はISOだが
生産技術に関しての基準はJISが最も厳しく
それが反映しているのか非鉄材、ベアリング、工作機械では日本はダントツに強い

米の科学技術はピラミッド型で裾野が大きいが
日本は鉛筆型で裾野が狭く小さい
ドイツはその中間くらいだろうか
日本が追いつく頃は米独はもっと先に行っているのが正解

公立義務教育では
米独が才能のある子どもを進級したり特別クラスに集中するのに対し
日本はむしろ才能のない子供の方に力点をいれる

もう一つ面白い比較を示そう
米英独仏伊は地方都市でも100%電線電話線は地下に埋めていて
電柱を見ることがないが
日本では電線電話線の地下配置は東京でさえ「7%」でしかない
大阪京都名古屋ほかの地方都市ではもっと低いのは推して知るべし
電柱大国日本に栄えあれ!



111 willyさん 2015/10/23(金) 19:05:36
例えば、新薬の臨床実験とその認可のシステム、

先端を走る技術をものにしながら、製品にするのは韓国が断然早い、

技術と発見と資料は日本のものだが、官庁がもたもたしているから、

特許が確定しない間に、韓国の製薬会社が世界に売り出している、、

新薬の発明は韓国独自のものであるとの宣伝付きだ、

他の技術も日本は決して欧米にひけを取らないが

最近やっと米国の援助から乳離れした日立などの

タービンエンジンの技術だ、

中国の通常兵器の軍備が張子の虎だといわれるのは、航空機のエンジンの推力が

どうしてもロシア製に近づけない、空母を作るといってもその動力を推進力にする

技術が中国には作れない、

日本はどうか、まだ米欧にはかなりの差がある。

ノーベル賞も続いたが、そろそろ息切れする可能性がある、今後人口減と高齢化に

よって中国のノーベル賞が連続するかも知れない。

軍事技術は民間の新製品開発に繫がる、軍事研究は非常に重要な分野だ、

要するに使う人間が危険なのであって、軍事技術と軍備が危険なのではない、

日本はもっと頑張れる国だが、大学や官庁が硬直的で柔軟性にかける、もっと

自由にドライブをかけないと折角の潜在的能力が埋没する。
112 三銃士参るさん 2015/10/23(金) 20:00:20
日米を比較するとき、産業種目ごとに見る方法もあるが、
人材育成方法にも目をつけるべきだろう

日本のノーベル賞受賞者の多くが、若いときに米で研究研鑽した過去を持っているが
米人ノーベル賞受賞者が日本で研究生活を送ったという話を聞いたことがない
その差はどこにあるのかを考えるべきだろう

東大理大早大などの理数系は
開成を筆頭とする有名高の卒業生で占められている
官界も同じである
開成の年度別卒業生一覧表を見たら、80%以上が東慶早理に集中していた

日本の頂点が少数高出身者に占められる傾向は100年以上も続いている
そこにある種の暗黙の連帯意識ができあがるのは当然のことだろう

連帯を平和裏に維持するには
卒業年度による年功序列制がもっとも妥当となる
外国人を含む有名校以外の出身者が例外的に連携組織の中に入ることができても
組織の中心に座ることはない

流石に最近は東慶早などは他大学からも教授を招くようになったが
彼らはあくまで便利的なものであり
経営の主体まで明け渡すことはしない
東大卒が慶應の塾長になることはない

この形は自然にできあがったものだから人工的に崩すのは至難だ
無理にやれば混乱を生じる可能性だってある






113 willyさん 2015/10/23(金) 20:47:49
レシプロ戦闘機の話から話題がずれるが、

なぜ日本の大学の順位は低いのだろう、

圧倒的に米国のボストン付近がトップを占め、次いで英国が続く、

世界の留学生の数、論文研究の実績、排出した人材の数と歴史、

日本は東大がやっと上位にあり、後は40位とかそのくらいの位置だ、、

だが最近の日本のノーベル賞受賞者は地方の大学

の出身者が多く活躍してもいる。、

英米の強みは世界語の英語にあるが、それ以上に歴史と実績が伴っている、

世界中の英才を引きつける魅力がある。

確かに言われる遠りに日本人の研究者が米国で学び、受賞するケースは多いし

反対に日本で学んで世界的な賞を受けた外国人は無くはないが少ない、

英語だけが問題でもないだろう、フランス、ドイツの大学も多い、イスラエルも多い、

今後中国の大学がかなり追い上げて来るだろう(香港を含む)シンガポールもそうだ、

日本は大学の魅力という意味でもっと努力すべきだと思う、

世界中から英才が憧れる大学がある事は世界貢献にも受け入れ国家にも大いに

貢献する。

114 willyさん 2015/10/23(金) 21:11:39
「烈風」は一時期その平凡な試験性能結果から、

海軍は完全に川西の「紫電改」に軸足を移した、

昭和19年6月16−17日に中国の成都を飛び立った「B-29]68機が

同じ6月15日から始まったサイパン上陸作戦と呼応して日本本土への初空襲

を実施した。

この時のB-29]は低高度で2千5百ー3千メートルで八幡製鉄所を狙った、

高度が低かった為に小月基地から陸軍の「屠龍」が8機迎撃に出撃した、夜間迎撃戦で

あった、撃墜7機(米側確認喪失2機)、

「B-29]戦略爆撃が本土に飛来する事はサイパンの陥落で確実になった、海軍は

迎撃機の問題で苦悩した、「B-29]の偵察機は1万米の航空を飛行機雲を引きながら

連日飛来するようになっていた、今に大編隊の爆撃が始まる、

「烈風」のエンジンが中島の「誉」から三菱の「MK9A]=A-20に換装する事に決まった、

堀越技師等の仕事は更に多忙を極めた、

新しく採用する事になったA-20は「誉」に比べ寸法は50ミリ外径が大きい、

換装は機首の防火壁前部の改装で可能と結論が出る、

潤滑油冷却のエアーインテイクがカウリング下部に移動しこれまでの「烈風」と

形状を大きく変えた、これが「A7M2]=「烈風改」である
115 willyさん 2015/10/23(金) 21:31:41
「烈風改」の試験が重ねられている頃、

連合軍は欧州戦線でもDデイ、6月6日、にフランスのノルマンデイに

上陸し本格的な反攻を開始していた、

太平洋の日本軍は玉砕を繰り返し、制空権と制海権は完全に米海軍の

手中にあり、絶対国防圏は米軍にとっては何の障害も無く通過し好きな時に

好きな所を自在に攻撃、攻略する事が可能であった、

日本軍は一億総玉砕を叫び、

6月19日、小澤中将の第一機動部隊がサイパン島防衛に協力し空母9隻、重巡11隻

ほか、艦載機440機弱でミッチャー中将の第58機動部隊の圧倒的な戦力と対峙し

二日間で完敗した、事実上日本海軍の機動部隊はこの日、組織的作戦能力を失った、

8月29日に連合軍はパリを解放し、グアム、テニアン、そしてレイテ島に上陸を開始する、

10月18日、海軍の最後の戦い、捷一号作戦、レイテ湾突入を決意するが、

この緊迫した情勢の中で昭和19年10月13日、「A7M2]第一号機は名古屋から鈴鹿に

、鈴鹿への空輸を担当したのは三菱の柴山操縦士であったが、柴山操縦士は「烈風改」

の性能が新エンジンによって驚くべき改善をされていると報告した、
116 神様さん 2015/10/24(土) 11:15:33
意外なことだが、戦前の日本陸軍って、世界第二位の自動車保有だったらしい。
117  [Delete]
118 神様さん 2015/10/25(日) 03:56:37
第二次大戦は、欧州戦線でも、基本は軍馬だったらしいよ。ナチスの機構部隊の絵ばかりが多いが、主力は軍馬。 陸軍の自動車化をなしたのはアメリカ軍だけ らしい。

えっと、なんで読んだか 忘れたが、日本陸軍は、アメリカに次ぐ量の自動車をもってたらしぃよ。
 日本は、実は自動車大国だったと。

>その主力軍用自動車はどの地域に多く集中していたのだろうか、

  これは 知らない。



119  [Delete]
120 willyさん 2015/10/25(日) 17:50:52
追記ー

「雷電三三型」は排気タービン過給器つきでは無く、

従来の機械式過給器の能力を高めたタイプ。
121 willyさん 2015/10/29(木) 21:43:56
昭和20年2月,量産型「F8F]ベアキャットの引渡しを開始しており、

「烈風」は頓挫し、各国は既にジェット機時代に突入し始めていた、

列強との格差は愕然とするくらいに開いていた、

「F8F]はこれまでの米海軍艦載機とは異なっており、小型軽量であり、

試験飛行では800キロ近い数値を叩きだしていた、

この時点で日本が連合軍に対抗できる戦闘機は皆無であり、ジェット戦闘機に

ついてはわずかに、敗戦直前に陸海軍共同開発の中島製の初のジエット戦闘機

「橘花」の試験飛行を行なおうとしていた、

だが「橘花」はジエット戦闘機というよりは純粋な「特攻機」であった。

ドイツでは「Me262」英国では「グロスターE/28/39]が既に戦線に投入されており

アメリカではロッキード「P-80]シューテイングスター、最高速度930キロが飛行に

成功しており、量産が開始されていた、

日本軍最後の一発が、陸海軍共同試作の「B-29]迎撃機「秋水」である、

ロケットエンジンで1万まで3分半の上昇力、関係者は必死で出口を模索していた、

戦争にには敗れたが、これらの技術は現在の宇宙開発技術の基礎を作った事、

記憶にとどめるべき航空日本の終焉であった。
122 三銃士参るさん 2015/10/31(土) 00:58:09
米空軍は次世代の長距離爆撃機を選ぶにあたって
ロッキード社を退け
三角翼でおなじみのノースロップグラマン社に決まった
工場は既にB2を製造しているロス北方のエドワード空軍基地に近いパームデール市
7千人の新規雇用者が期待できると地元ではお祭り騒ぎとなっている

グラマン社が製造場所をカリフォルニアに決めた決定打は
同州が10年間税金を凍結すると約束したことにある
カリフォルニア州は全米一税金と人件費の高い州でしかも労組が強い州としても有名
政治的には民主党の金城湯池だ

新爆撃機は無人ステルス機で核を搭載することができる
これまで攻撃命令はカリフォルニア州パサデナ市の指令所で行っていたが
新爆撃機は偵察から攻撃までの一連の動作を自己判断で行う機能を持つ

間もなく決まる米空軍の次世代戦闘機も同様である
こちらは可変翼なので翼を畳むとミサ入り並みのスピードを出すことができるうえに
飛行中に自由に翼の出し入れをコントロールできるという怪物だ
123 ウォースパイトさん 2015/10/31(土) 11:59:40
確かに「橘花」は特攻機でしたけど、実際に「ネ20」に換装して初飛行した「橘花改(興国二號兵器)」は帝国海軍としては特攻機ではなくて純粋な反跳爆撃用(帝国海軍では跳飛爆弾爆撃と記してます。)対艦攻撃機&対潜攻撃機として運用する事を決めていたそうですよ。

日本初の「反跳爆撃特化型陸上攻撃機」だったとも言えますね。
しかも対潜攻撃機型「橘花改」や「橘花」の叩き台となった「興国二號兵器」には「空雷七型」と呼ばれた滑空対潜魚雷の搭載を予定していたとの事でした。

対潜哨戒機「東海」にではなく、「橘花」シリーズに対潜魚雷を運用させるのは驚きと笑いが出るのは後知恵を知る我々の特権なんでしょうね。


124 willyさん 2015/10/31(土) 12:29:56
Re 122<<

三銃士参るさん<<

<米空軍の次世代戦闘機、可変翼>

高速の次世代戦闘機、第六世代でしょうか?

可変翼の目的は何でしょうか、以前海軍の「F-14]が可変翼で大型の長距離

ミサイルを装備していましたが、結局時代の流れにあわず重量の関係もあって

優秀すぎて逆に退役を早めています、

今回、最新機に可変翼を採用した狙いは何なのでしょうか、興味があります、
125  [Delete]
126 willyさん 2015/10/31(土) 21:49:54
「彩雲」という艦上偵察機があった、

「彩雲」十七試艦偵はまず「機体の小型化」が設計の主眼に置かれた、

要求された高速を実現する為である、

主翼面積は「天山」の2/3にとどめ、胴体の正面面積も「誉」エンジンに合わせた

非常にスリムなものである。

「彩雲」の主翼は層流翼を採用している、中島独特なK-シリーズと分類される

層流翼である、

翼面荷重は176キロを超えた、

当然の結果として離着艦性能は大きく低下する、対策は主翼前面に油圧作動の

スラットを設け、後縁には油圧作動の親子式ファウラーフラップ(二段)に加えて

補助翼もフラップとして作動する、エルロンフラップを採用している、

これらの高揚力装置は反動として機首下げに繫がった、これは昇降舵だけでは

三点姿勢の維持が難しく、

水平安定板をフラップと連動して動く尾翼迎え角変更装置を油圧で追加した、

プロペラは高翼面荷重に伴う離着艦性能の低下を補う為に、3.5mという大直径の

プロペラを採用している、

狭い空母艦上での推力を増大し発着を容易にする効果は十分に発揮されている。、
127  [Delete]
128 三銃士参るさん 2015/10/31(土) 23:50:06
Re:125

モデル作成は元ノースロップグラマン社の戦闘機開発部門が行った
主翼が完全に胴体に格納できる

実物6分の1の大きさの試験機は長さ6フィートほどで
ジェットエンジンはホビーモデル機用市販のものを利用した

現在大型戦闘機用エンジンの開発中であり瞬間推力と飛行距離が大幅にアップになる

座席計器類防護壁などのパイロット用設備器具が全てなくなるので軽量化が可能となり
機体の大きさはF35並みでも重量は半分以下
軍用機としては初めてトヨタ式エンジニアリングを採用し製造コストを下げる

初回の飛行テストはリモートで空軍操縦士によって5年前に行われ
一か月間かけて行われた実験は全て成功裏に終了した
テストには飛行中での主翼可変翼の操作も行われた

可変翼にする目的は戦闘機の枠を超える機能を持たせることにある
(1)空中地域を碁盤の目に分け、その一つ一つに無人機を常駐させる
(2)偵察、防御、攻撃を自己判断機能で行わせ時間ロスをゼロにする

F35の失敗から学び
機種バリエーションを同時開発中で
製造部門も異種バリエーションを同一ラインで行う

129 willyさん 2015/11/01(日) 00:14:51
Re 128<<

詳しいことは解りませんが、

もしアメリカ空軍がこれから先の有人新鋭機を考えるなら、

第一には「F-22]の発展型と「F-119]エンジンの発展型しか私には想像がつきませんが、

可変翼機、新鋭機のベースは多分「F-22]だろうなと想像しています、

いずれにしろアメリカの底力と財力、技術水準が物凄く羨ましいと思います。

日本はやっとのP&Wの薄型で大推力エンジンを生産できる目途がついたところです、

「F-3]がそれですがまだ飛行にはこぎつけていません、

やはりアメリカの技術は凄いと感じます、

130 三銃士参るさん 2015/11/01(日) 07:00:06
Re:129

WILLYさんご想像の通り縮小型試作機の外観はF22とそっくりだった

製造コストを大幅にさげられることの他に
莫大なパイロット養成費が不要になること
パサデナ指令所と同じ判断能力を持つコンピューターを搭載できること
米海軍もサンディエゴ他のパイロット養成所を次々と閉鎖しつつある

特筆すべきなのは
ハードウエアの開発が進んでいることよりも
実戦経験の積み重ねから得たソフトウエアの量と質にあること
ペンタゴンの五角形の建物に在籍している職員の大多数はソフト関連であり
全国のエリート大学も同時進行で軍事ソフト開発を行っている
彼らがカバーしているのは軍事機器だけではなく途轍もなく広い領域に亘っている

中国がが米軍の戦闘機や艦船に似たものを作っても
紙の上では同等に見えるが
実戦となれば到底米軍の相手になることはない

軍事評論家の中には
現在の中国海空軍はまだ米軍にかなわないが
2,3年のうちには追いつくことになるだろうと言う者がいるが
それも所詮紙の上での比較であって
米中戦争能力の差は急速に開きつつあるのが現実だ
131 三銃士参るさん 2015/11/01(日) 07:19:19
ドリームライナーと呼ばれるボーイイング787の製造が
7年も遅れた原因は中国にあった

ボーイング社にはオフセットプログラムがあって
ボーイング製航空機を多数購入する国に対して
部品供給を依頼する政策がある
787を多数注文した中国にもボーイングは250億円相当の部品を発注していた

FAA規則によって航空機部品は全点検査されるのだが
中国製部品は100%検査を通らなかったのである

原因はいろいろあったが最大の欠陥はステンレス材にあった
ステンレスには500種類以上もあるが
中国は金属非鉄金属ともに材料工学が発達しておらず
航空機には到底使い物にならないステンレスを使用していたことが発覚したのである

ボーイングは急遽日米EUの航空機部品メーカーに再発注したのだが
折悪くどこも注文が数年間も詰まっていて
それが原因で787は大幅に完成が遅れることになった

中国製民間航空機が数年のうちにできるだろうが
少なくとも米国で飛ぶことはない
132 willyさん 2015/11/01(日) 12:22:27
Re 130<<

三銃士参るさん<

中国の軍事の弱さは、

海軍では空母の大型タービンの製造能力が皆無な事、前の遼寧もタービンブレードが

数枚損傷したが、中国はそれを修理する能力が無く、退役同然になっている。

現在中国は4万トンクラスの空母二隻を近々就航させると豪語しているが、

空母を推力する大型タービンは巡洋艦クラスのタービンの4倍の力が必要になる、

彼らにはその技術は無い、

空軍の中国製の戦闘機は海軍と同様にロシアのパクリだが、

ブラックボックスが解読できずに、中国製の戦闘機は軒並み推力不足でロシア戦闘機の

(第五世代)の機動が出来ずにいる、(なお、第五世代という言葉は登録商標であるので

予めお断わりしておく)

事ほど左様に、中国の近代兵器はほとんどが脅威になら無いが、

問題は中国という国は「通常兵器の延長で核兵器を考える国であり、彼らの軍事上の

自信は全て核によっている」ここが危険である為に日本が軽々に中国を侮る事は

禁じ手であろう。
133 ウォースパイトさん 2015/11/01(日) 20:01:03
Re:132

現在の中国海軍は…冷戦時のソ連海軍同様に、かつての帝国海軍同様に敵性海軍戦力に対する艦隊決戦特化海軍にせざるを得ない状況に瀕していますね。

その思想自体は安上がりかつ、抑止力効果は絶大ではありますが、あくまでも彼我の技術格差が無いのが前提です。
貴方の言われる通り、中国は核兵器をも組み込んだ戦術&戦略を持って日米に対抗すると思います。

何故なら、もしも帝国海軍が今も存在し続けたならば、今の中国海軍同様のドクトリンに至るのは確実と思うからです。

134 willyさん 2015/11/02(月) 20:59:54
エンジン出力は吸入する空気の重量に比例する、

従って高度が上がり空気が希薄になると出力は当然低下する、

ここに吸入する空気を圧縮し出力低下を招かないようにする機構が

過給エンジンであり、過給器をスーパーチャージャーと呼ぶ、

過給器を排気ガスのエネルギーで駆動するのがターボチャージャーである、

これらは第二次大戦の高々度飛行や高性能戦闘機には不可欠の技術であった。

その前提で第二次大戦に登場した異色の戦闘機を取り上げれば、

ロッキード「P-38]ライトニングがある。
135 willyさん 2015/11/02(月) 21:31:17
アメリカ陸軍機は当初はP-12,P-26,P-35,P-36などに見られる空冷式エンジン

が標準であった、だが海軍と異なり陸軍は元来液冷式エンジンを高く評価しており

何よりも戦闘機に速度を求めた傾向がある。

昭和12年2月陸軍は「X-608]を最高速度579キロ以上、高度6千で467キロ、

尚且つ高々度迎撃戦闘機の試作案を提示した、

応札は、ロッキード、ダグラス、カーチス、ベル、バルデイー、等であるが、

当時の陸軍戦闘機を見ると、最新鋭の「P-36」でさえも最高速度483キロであり

陸軍の要求速度を満たすには必然的に液冷エンジンだと各社は考えた、

ロッキードの基本的な考えは全部で五つあった、

一つは普通の双発戦闘機、二つ目はエンジンを胴体内にタンデム配置し延長軸で

プロペラを駆動する、

他の詳細は省くが、

具体的には双胴ならばエンジン後方にターボ過給器や冷却器、主脚などが無理なく

収納できる、つまり普通の単胴の双発機よりも前面面積が少なくてすむ。

中央ナセルはエンジンやプロペラに邪魔される事なく機首に重武装を集中できる利点が

あった。


136 willyさん 2015/11/04(水) 21:38:32
昭和12年当時、ロッキードはまだ新興会社であった、

陸軍はロッキード社の提示した斬新なアイデアを高く評価した、

この年の6月23日にロッキードは他の競争会社を退けて双胴式の原型機が

採用され試作発注を受けた、

「XP-38][P-38D]を経て、[P-38L][P-38M] とあらゆる点を

陸軍が提示した予算以上のものをロッキード社が自費をつぎ込み改良されて行く、

米陸軍航空隊は昭和16年の7月に完成機を第一戦闘航空群を皮切りに

6個戦闘航空隊に続々配属されていく、多くはアメリカ西海岸に集中して配備され

昭和17年2月にはアラスカに配備された、日本海軍のアリューシャン攻略が

始まったのはアラスカ配備の一ヶ月後である、

「P-38]は特にニューギニア方面で勢力を確保し年次を追って「P-38]は米軍の本格反抗

の大きな勢力になってゆく、

「P-38]は欧州作戦で英国に新たに基地を設け、

地中海、北アフリカ、中部ヨーロッパ、ノルマンデイ上陸作戦へと米軍の重要な戦力と

なっていく。

「P-38]の特徴は液冷双発エンジンである事、三車輪降着装置の実用化、排気タービン装備、

そして何よりも重要な事は、「P-38]の活躍がロッキード社の発展の基礎となった事である。
137 willyさん 2015/11/04(水) 22:48:53
戦闘機という機種がマルチロール能力を持つのが

第二次大戦の後半である、

例えば、リパブリック「P-47]、ノースアメリカン「P-51]、ホーカー「タイフーン」

第二次大戦後半に連合軍からこれらの戦闘爆撃機が現れたのは主として大馬力エンジンの

開発が成功した事に原因がある、

言い換えれば、制空権が決定的に枢軸から連合軍に傾いた事で制空戦闘機の役割が

減少し、地上攻撃に転用される機会が増えたのだ。

二次大戦後、ジェット機時代になっても戦闘機のマルチロール化は続いた、

朝鮮戦争では後退翼で速度の速いノースアメリカン「F-86]がミグー15と制空権を

争い、中低空域では直線翼のリパブリック「F-84]やグラマン「F9F]が地上攻撃を

行なっていた、

その後、核爆弾が戦闘機に積めるほどに小型化され、戦闘機の第一の任務は

戦術核爆弾の運搬になった、

戦闘機は敵の核爆撃機を邀撃する迎撃機と自ら核爆弾を抱き侵攻する戦闘爆撃機に

二分され、一時的に制空戦闘機は無用なものになった、

ちょうど日本で、戦闘機無用論が起こった、昭和10年代と少し似ている、根本は異なって

いたが、時代が次の革新的な機種を産む前の現象とも考えられる、

138 willyさん 2015/11/06(金) 19:00:55
話しが少し逸れるが、

現代の空自の主力戦闘機は「F-15J]である、広く第四世代戦闘機として紹介されているが、

実際は「F-15]は第三・五世代であり第四世代ではない、

だが戦闘機というものはパイロットの腕で一世代くらいは逆転できるのが真相である、

例えば大戦末期の「零戦五ニ型甲」が一世代以上進んだ「F6F]を撃墜したり、

更に進んだ「P-51D]と互角に戦った記録もある、パイロットの腕というソフトは非常に

大きい、

また「F-15J]が未だに第一線で活躍できているのは絶え間ないソフトのアップグレードと

国産の進んだレーダー、管制装置の装備による、プラス空自隊員の腕である。

代表的な第三世代の戦闘機は米海軍のマグドネル「F-4ファントム」である、この戦闘機の

優秀性は現在の空自でもまだ一線で活躍している事と、海軍機でありながら世界各国の

空軍が主力戦闘機として採用し、戦後最も売れた戦闘機の一つである。
139 willyさん 2015/11/06(金) 21:20:48
「F-4]ファントムは制空戦闘機として登場したが、

次第にマルチロールの性格を強く打ち出してきた、対地攻撃を含めて

マッハ2の最大速度をABで確保する、

この第三世代の代表機の正統な後継機がジェネラルダイナミックスの「YF-16]

のちの軽戦闘機のベストセラー「F-16]である。

同時期に軽戦闘機として試作されたのが、ノースロップの「YF-17]のちの

[F/A-18]ホーネットである。

なぜこの時期に軽戦闘機のアイデアがアメリカに出てきたか、

実際この二種類の軽戦闘機の原型は20ミリ機銃とサイドワインダーAAMを

装備しただけでレーダーすら搭載していない、

その後「F-16]はファイテイングファルコンとして「F-4]に次いで世界の主流の

戦闘機になった、{YF-17]は陸上型戦闘機であったがマグドネルダグラスによって

[F/A-18]ホーネットとして海軍の主力機に変わって行く、





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142 willyさん 2015/12/09(水) 18:51:28
「三式戦」飛燕。

米軍のパイロットは「三式戦」は組し易い戦闘機だった、
遭遇する日本軍機が「三式戦」とわかると、「しめた、獲物だ」と思ったとの
発言が多くある、

彼らは遭遇する日本軍戦闘機は「零戦」や「一式戦」の方が手ごわかったと
戦争後半になっても証言している、

理由として考えられるのは、
昭和18年2月に南方方面に進出が予定された第六八戦隊を例に取ると、

「三式戦」自体が制式化された直後であり機体と発動機に故障が頻発しオイルが
地上でもボタボタ漏れ続けたと記録されている、

搭乗員と整備員の両方が「三式戦」に慣熱しておらず、進出を急がずに練成訓練を
もっと積む必要があった、

戦局はもとより逼迫しており、
第六八戦隊は2月の予定を4月まで遅らせ、4月初旬には南東方面への展開を開始した、

ラバウル進出時にはコンパス、機体の故障、修正ミス、でラバウルに到着前に
予定機数の半数以上が海に墜落するという初歩的な状態を暴露した、

「三式戦」がどうにか戦える状態になったのは第六八戦隊は整備に集中、訓練に集中する、
その代わりに新しく第七八戦隊が練成を終えてラバウルに進出した7月以降にずれこんだ、
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145 willyさん 2015/12/17(木) 22:13:06
昭和20年に入ると陸軍戦闘機隊の戦闘機は
フイリッピンに大量投入されていた「四式戦闘機」疾風に代表されるが、

「キー100」、後の「五式戦」は数は少ないながら高性能で疾風に次ぐ新鋭機と
して期待されていた、

内地、朝鮮、満州、と巡回しこれまで「三式戦」を装備していた部隊に
「キー100」へ機種改変を行われたが、なにぶん広く浅く配備した為に
数が足らず十分な戦力にはなりきれなかった、

昭和20年春の時点で「キー100」とほぼ同数か少し多い海軍の「紫電改」が
第三四三航空隊にだけ集中して配備された事とは対照的である、

「キー100」は「三式戦」の補助的な位置から最重要機種になっていくが、
月産200機を目標に川崎航空機の岐阜、一宮工場、都城工場に集中して生産を拡大した。

だが「キー100」の発動機、三菱「ハ一一二況拭廖甼眄穎仔鷏燭寮源困機体の生産に
追いつかない状態になる、

三菱重工業名古屋発動機製作所の「大幸工場」が昭和19年12月の「B-29]の空襲で
壊滅し「金星」系発動機の生産は急速に落ち込み頓挫する、

「キー100」の大増産の見通しは立たなくなった、
146 三銃士参るさん 2015/12/18(金) 09:42:59
1943年大学卒業と同時に陸軍に応召した叔父が
傷病兵としてラバウルから帰国した
叔父は入院した病院の屋上で
父に向かって開口一番
「この戦争には必ず敗ける、今から敗戦後の準備をしておけ」といった

驚いた父がその理由を聞くと、理由は二つあると言い
第一に、彼等の武器の質が全然異なるといった

日本は日露戦争に使った大砲をラバウルに送っている
日本軍が三八式歩兵銃補給が困難だったの比べ
米兵は全員が自動小銃や軽機関銃を持っていた

第二に、兵隊の質も異なるといった
日本人に大和魂があるなら
アメリカ人にはヤンキー魂がある

黄色のゲートルをつけた奴等(注:海兵隊)は
よく訓練されている上に勇猛果敢で
我々は散々な目にあわされた

米軍パイロットが落下傘で降りてきた
捕えて敵状を白状させようとしたが
戦時国際法を盾についに白状しなかった
拷問を繰り返したあげく最後は殴り殺してしまったのだが
敵ながら立派な奴だった
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148 willyさん 2015/12/18(金) 21:23:08
ポツダム宣言を受諾して無条件降伏した大日本帝国は戦争で獲得した
海外領土を全て失った。

日清戦争の後、日本は始めて異民族である台湾を植民地にした、

明治23年第一回帝国議会が11月に開かれている、
首相は山形有朋、彼はこの時

「主権線」と「利益線」という耳慣れない言葉を使っている、

国境が主権線でありその存亡に密接な関係のある地域を利益線としてこの防衛を考えた、

数年後には利益線は北は朝鮮、南は台湾、その対岸の福建に及ぶ、
これが後の北進論と南進論の根拠になって来る、

朝鮮で東学の李朝体制を揺るがす農民戦争が勃発する、日本は居留民の保護という名目で
派兵を決める、

この時始めて戦時大本営が設置される、この後日本は朝鮮に踏み込みその宗主国である
清国との間でお互いに宣戦を布告する、

日清戦争の成功体験が義和団事件へも積極介入を誘導する、大日本帝国の
列強への道が始まった、

総力戦第一次世界大戦が起こる、日英同盟を口実に日本はドイツ権益を奪い
世界五大国に列せられる、

だが日本は第一次大戦の教訓を一番学ばなかった国だ、

「次の戦争は国家総力戦になる」、駐在武官は何を見たのだろうか、

149 willyさん 2015/12/18(金) 22:42:17
[三式戦」はF6Fに対して常に劣位にあったが、
唯一といえる優勢戦果を上げたのが台湾沖航空戦である、

台湾の集成防空戦隊の一員として戦闘に参加した田形准尉に率いられた2機編隊が
36機のF6Fと空戦になり、

2機とも不時着しているが、F6Fを6機撃墜して一矢を報いている、

この時期に「三式戦」がF6Fに対して完全勝利を収めた唯一の例として記録されている、
これ以降の比島決戦では数的、性能的に劣勢にある「三式戦」は

F6Fとの戦いで一方的な犠牲を強いられる、

比島決戦では台湾沖航空戦までに大きな損害を受けていた、第十七戦隊と第十九戦隊が
投じられたが、昭和19年11月5日の米艦載機のマニラ空襲で戦闘力をほぼ喪失した、

比島戦では性能のいい「四式戦」が先頭に立ったが、「三式戦」は空戦時に脆さを露見した、
「三式戦」が活躍したのはむしろ本土防空戦である、

「B-29]に対して体当たり攻撃を含めて「三式戦」は最後の花を咲かせた、
次に「五式戦」にその地位を譲るが、

それも「B-29]の護衛に「P-51]が着くようになってからは、日本の空、帝都の空は
米軍機の乱舞に晒される、

もう古物として廃棄されようとしていた、F4Fまでが悠々と日本の空を巡視した、
150 三銃士参るさん 2015/12/31(木) 02:16:43
産経が国産ステルス戦闘機開発について
航空機大国日本復権へ歴史的転換点にあることを強調した

開発中のHSEは第5世代戦闘機向けに
推進方向を機動的に変えられる機能も持ち
完成すれば世界有数のステルスジェットエンジンとなるのは間違いないと述べ

現在はP&W、GE、RRが世界のエンジン市場でトップ3の座を占めているが
HSEはそのどれをも凌駕する性能を持つとある

しかしである
理論的にはその通りなのだろうが
さて実戦に使えるかというのは全く別の問題

戦闘機の難しさは
現在テスト飛行を繰り返している三菱MRJなどとは比較にならない
おそらくHSE完成後のテスト飛行が何年も続き
修正に修正を繰り返しているうちに
いつのまにか無人戦闘機が主流となり
F3は時代遅れの代物になってしまうのではないか

遅れてきた日本は短期に成功を収めなければならない
そのためには
最低10種類の異なった仕様を持つHSEを搭載した数十機の
同時テスト飛行を繰り返す方法しかない
もちろんコストはかかる

F3が一応成功しても、その先にはもっと難しい課題が残されている
というのは日本にはゼロ戦当時の空中戦の経験がなく
「戦う」ためのノウハウがないからだ
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152 willyさん 2015/12/31(木) 05:17:54
追記ー

<F3(HSE)」は「先進技術実証機(ATD)」と呼ばれる試験機に搭載された推力5トン級の「実証エンジン>云々・・

ステルスには推力15トンが基準であり、日本の単独技術では出来ない、

HSEはP&Wの全面協力でIHIが推力15トンを国産化するという
話であり、純国産どころかこれは第六世代に属するが、

後は米国が共同開発に乗り出すか、実験機でステルス破りのレーダー開発だけで終わるか、
そんなところだ、旧軍の戦闘機のように鍵は常にエンジンにあり、

これは現在、中国でもロシアの援助が無ければ戦闘機の補修一つ出来ないし、
空母の大出力タービーンも遼寧は壊れてロシアの援助無しには何も出来ない、

韓国はドイツの小型潜水艦のブラックボックスを開けて元に戻せなくなり岸壁に係留されたまま
動けない潜水艦部隊となっている、

アジアの後進性は米ロ英仏と比べると格差は物凄いものがある、、

海自の売り物のそうりゅう型潜水艦はもう動力がデイーゼルスターリングとAIPからその先に
進んでいる、海自も必死で新型に取り組んでいるが動力は固体軍事用のバッテリーエンジンだ、

やんぬるかな・・
153 三銃士参るさん 2015/12/31(木) 09:49:44
知らなかったあ
いやいやこれは恐れ入谷の鬼子母神です
さすがwillyさんらしい鋭い指摘!

>この機種は三菱の総力を上げた第六世代(第五を超えたもの)として実験開発
されようとしているもので、狙いはこのステルスを捕捉できる特殊レーダーの開発だけです

結局HSEというのは架空のエンジンということなのか
ナンタルチア!


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158 三銃士参るさん 2016/01/01(金) 00:14:17
Re:156
>韓国が北の統一を急ぐのはこの核兵器を日本向けに使いたいという気持ちが大きな要素です

このご意見は多くの真実を含んでいると思う

韓国にその能力が備わったとき
実際に使うかどうかは別としても
日本に対しては
常に絶対的優位ポジションにいたいと考えるのは
韓国の至上意識であるに違いない

核数発でそれができるなら
これほど楽なことはない

この100年というもの
韓国はいつも日本の下にあった
先祖崇拝、歴史重視をモットーにする国であるならば
いつの日か
日本を見下す国になりたいと願うのは当然のことだ

しかし日本には日本の歴史の重みがある
韓国にとどまらず中国に対しても
日本優位の位置を絶対に揺るがすようなことがあってはいけない

日本が常に優位になければ
東アジアのみならずアジア全体が安定しない

そのためには
韓半島と中国のミサイル基地を24時間体制でチェックする複数の衛星が必要だ
そして
蜂の巣のようにミサイルを取り付けたステルス艦船を
至る所に遊弋させていなければならない

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160 willyさん 2016/01/01(金) 19:42:52
Re 158<<

<核数発でそれができるなら>

出来る、
特に日本のように都市が高度に発展し、都市コストが非常に高価な先進国には、

そしていかなる反撃力も報復力も持たない甘い金持ち国家には非常に効果的である、

核弾頭は数発も必要ない、
東京に照準できる弾道ミサイルに装備する一発の弾頭で日本は白旗を上げる、

その時にアメリカが韓国に対して報復爆撃や核攻撃などは出来ない、
そんな事をすれば中国を利し、北朝鮮の思う壺だからだ、せいぜい経済封鎖が最大の
制裁である、

日本は一発で倒れるガラスの顎を持つボクサーである、











161 willyさん 2016/01/01(金) 23:19:49
訂正ーRe 160

東京に照準できる

東京上空3千m付近で爆発させる技術に訂正します、


以上訂正いたします、
162 三銃士参るさん 2016/01/05(火) 23:33:59
真空列車について述べる

米イーロンマスクの真空列車構想では
チューブ内は建造費や維持費がかかりすぎる真空とはせず
標準気圧の1000分の1程度に当たる100パスカル程度に設定している

サンフランシスコ−ロサンゼルス間(約600キロ)は35分
始動停止距離を短くすれば更に時間は短縮されるとある

マスクの提案は悪くはないが
日本の技術をもってすれば真空でもさしたる費用はかからない

実は滑り面に真空を利用することは
日本では数十年前から実用化されている
大阪の某工作機械メーカーでは
超弩級大型工作機械の摺動面に真空を活用している

加工テーブル自体と積載加工物の重量が数百トンに達するうえに
X軸Y軸を高速移動させなければならないので
滑り面に潤滑油や空気膜、あるいはボールパックベアリングなどは使えない

加工テーブルは一軒の家がスッポリ入るくらいの大きさと重量でありながら
人間一人の力、それも片手で軽く押したり引いたりすることができる
そのうえ良いことは
何十年使っても摺動面にかすり傷一つできないことだ

起動開始はサーボモーターで十分だが
問題は停止である
ブレーキに何を使うかだ
これは60年代の新幹線開発のときも話題になった
163 willyさん 2016/01/06(水) 12:39:54
Re 162<<

興味深い話しです、

リニアの制動については理解していますが、この真空チューブの停止装置はわかりません、

教えて下さい、
164 willyさん 2016/01/07(木) 18:55:19
「五式戦」という戦闘機が終戦まじかに出現した、
大方の周知のように「三式戦」のエンジン不調で急遽空冷エンジンに換装したものだが、

一時期、日本陸軍最高の戦闘機という話が飛び交った、

昭和20年7月16日に第一一一戦隊が松坂上空で「P-51]と大規模な空戦を
行い、11機を撃墜し味方は5機を失ったと日本側の記録にある、

7月28日には第二四四戦隊が「五式戦」18機で「F6F]24機に待ち伏せて
上空から奇襲をかけた、

戦果は「F6F]を12機撃墜、わがほうは2機の損失に留まったという日本側の記録がある、
だが実際は「F6F]に奇襲をかけたが撃墜は2機に留まり「五式戦」の優秀神話に疑問符が
打たれた、事実は部品の不足、搭乗員の不足、などで必ずしも「五式戦」の性能を意味しないが、

米軍は終戦後まで「五式戦」の存在すら知らなかったようで、戦時中に「五式戦」に関する
米軍の記述は無い、

終戦後、米軍は「五式戦」を「tony供廚箸いκ惶硬なコードネームを与えたが、
「tony]=「三式戦」を上回るものではなかったようだ、

陸軍最後の戦闘機は大東亜決戦機「四式戦」を上回るものでは無く、
「五式戦」優秀説は戦時中の誤認に基くバブルであったかも知れない、
165  [Delete]
166 三銃士参るさん 2016/01/22(金) 05:45:03
Willyさん

今年10月初旬にカリフォルニア州ミラマーで軍用機世界最大航空ショーが開催されます
ミラマーは「トップガン」の基地であり、米海兵隊の誇る最も大規模な航空基地です

飛行ショーを見物するだけでなく
最も新しい戦闘機、爆撃機、輸送機、戦車などに乗ることができます
今年は久しぶりに行ってみようと計画中ですが、ご一緒しませんか

Military Performance:

U.S. Navy Blue Angels (F/A18)
U.S. Army Golden Knights Parachutes
F-35B Lightning
Boeing AV-8B Harrier
Bell Boeing MV-22 Osprey
Marine Air-Ground Task Force (MAGTF) C130 Carrier & M1-A1 Tanks

Civilian Performance:

Sean D. Tucker “Oracle Challenger”
Shockwave Jet Truck (The world record for full size trucks at 376 mph as recorded by Guinness Book of World Records)
John Collver “Wardog”, AT-6 Texan
Steve Stavrakakis Romanian IAR, “A Tribute to the American Vet”
Bret Willat “Sailplane Magic”
Dan Buchanan “Power Glider”
The Patriots L-39 Jet Team
Breitling L-39 Jet Team
Robosaurus (night show only)

Musical Performers:
The Third Marine Aircraft Wing Band and March
167 willyさん 2016/01/22(金) 13:25:56
Re 166<<

三銃士さん<

是非「トップガン」の腕前を見たいですね、興味はありますが、

ESTAが面倒です、思いつきで行動するタイプなので、

三銃士さんはもちろんグリーン保有者でしょう、それとも永住者ですか?

飛行機は同じ機種でもトップガンが乗ると俄然違った動きをします、
何というかきびきびして別機種のような感じがします、

USNavyのF/A18の編隊ショーは見たいです、USArmyはどんな機種を使うのですか?

F35Bは一度見てみたいです、AとCはよく紹介されていますがBは珍しいので、

羨ましいですね、大国に住んで隣国の馬鹿を気にしないでいいアメリカは。

今のところ予定は立ちません、別の仕事で。

ありがとうございました、
168  [Delete]
169 三銃士参るさん 2016/02/01(月) 00:23:53
昭和20年8月、つまり天皇が降伏宣言をする直前に、震電という物凄い戦闘機のテスト飛行が行われたということですが、これはどういう戦闘機だったのかご存知ですか?
170 willyさん 2016/02/01(月) 00:57:19
Re 169<<

三銃士さん>

お返事が遅れました、玉置浩二の香港コンサートをBSで見ていましたので。

「震電」というのは海軍の局地戦闘機の新鋭機です、

ご存知かとは思いますが、「電」という字がつくのは「局地戦闘機」つまり海軍の
軍港を守る、そこから広く鎮守府を守る迎撃戦闘機の一種です、

「雷電」「紫電」などでおなじみです、

関ったのは航空技術飛行機部、九州飛行機設計、が関った「乙戦」局地戦闘機です、
十八試局地戦闘機と命名されております、

「震電」は前翼式の機体を持ちます、つまり翼が前方にプロペラが後方に位置します、

基礎データーの収集は空技廠において行なわれ、小型のグライダーを製作して
実験が繰り返されたのです、

ちょうどいま「心神」が同じように実験機としてデーターを
収集する為に、2月には飛行試験が行なわれる、同じ形式です、海軍式のやり方です、

「震電」では性能要求を超えた、30ミリ機銃4挺の重武装を持つ異色の迎撃戦闘機です、

これは日本が過去経験した事の無い画期的な前翼式、後方プロペラで30ミリ四挺、
最大速度400ノット超、

実際には昭和19年度から開発が始まったが、終戦前に初飛行にこぎつけるまで進んでいる、

ー続くー
171 willyさん 2016/02/01(月) 01:11:06
-続きー

「震電」の前翼式はエンテ式です、制作は九州飛行機で開始されようとしていました。

「震電」の燃料タンクは22ミリ厚の防漏タンク、操縦席前面ガラスは70ミリ厚の
防弾ガラス、機首の防弾装甲は65キロの重量を持ちます、

「震電」の使命は他の戦闘機とは違い、対爆撃機戦闘用でありこの形は前方からの
攻撃に対抗するように作られています、

計算上は405ノット、時速750キロを高度8千で実現するという物凄い迎撃機であります、

上昇時間が高度8千まで10分40秒、実用上昇高度は1万2千メートル、

ただこれらは計算上の数字であり、実際の完成機が最大能力での飛行を経験していない為に
疑問符もつきます。

いずれにしても、例えこの計算値を下回る性能であろうとも、当時の日本軍部が持ちえた
最高の性能であった事は間違いないでしょう、

前翼式は武装を機首に集中できるメリットがあり、命中率は世界のあらゆるレシプロ機の
性能を凌ぐと考えられます、

結局、昭和20年に入ります、実戦配備が極めて困難であった事はご想像の通りです、

また書きます、いろいろな逸話がありますので。
172 三銃士参るさん 2016/02/02(火) 10:00:49
凄い性能ですが
設計構想としてはロッキードのP38 に似ているような気がします

もう随分昔のことですが
1972年にロス郊外のロッキードを訪れたことがあります
このは戦時中P38双胴戦闘機を製造した工場です

年配の製造部長の話では
戦時中は週7日24時間稼働で
毎日12機完成させていたとのことです
従業員は3万人
あまり人が多いので交代時間には混雑のあまり
工場の内外で自動車事故が多発して困ったとのことでした

P38はブーゲンビルで山本五十六機を撃墜したことでも有名ですが
終戦までに1800機以上の日本機を撃墜し
5機以上の日本機を撃墜したエースが100人以上に及んだのだそうです
単一モデルによる撃墜数としては恐らく最多ではないでしょうか

工場の一角に途轍もなく大きな格納庫があり
そこにピカピカのP38が数機展示されていました
ときどき隣接のバーバンク飛行場から飛ばして
最上のコンディションに保つようにしているとのことでした
173  [Delete]
174 ウォースパイトさん 2016/02/02(火) 12:39:05
双発戦闘機で名機と言えば、独空軍の「Heー219ウーフー」が居ましたよね。
英空軍の傑作木造双発戦闘機「モスキート」をも圧倒したましたしね。

独にはあと双発戦闘機で震電を凌駕する「Do335プファイル」も実用化されましたよ。

因みに一式陸攻は実際には米軍から極めて面倒な機体と評価されてます。
中々落ちないし、防衛火器特に尾部の20ミリが怖い、機動性能が高い、Bー17並みに隙が無い…
日本側と連合国側でこれ程評価が別れる機体も珍しいと思います。


175 ウォースパイトさん 2016/02/02(火) 12:56:25
おまけにソロモンや戦争末期でも一式陸攻が中々被弾しても火さえ出さなくて最後には米戦闘機が追撃を諦めた事例もありました。
機体設計も堅牢で、独空軍の双発爆撃機並みの防弾性能だったとの事です。

もっとも…ボフォースの40ミリを食らえばどんなに堅牢な双発爆撃機でもアウトではありますね。


176  [Delete]
177 ウォースパイトさん 2016/02/02(火) 21:16:22
一式陸攻の損耗率って他国の双発爆撃機と変わらないって言うのは意外に知られてなくて、機体性能と言うよりも双発機による艦隊への雷撃と言う戦法故の損耗が大きいです。

しかし、当時の帝国海軍の航空作戦の詳報を調べると一式陸攻を有する部隊の出撃に置ける損耗は現代のヨタ話を信じる輩の予想を遥かに下回るものしかありませんでした。
もっとも…燃料タンクのタイプ故に被弾した後の帰投後での補修は悪夢という記録はありました。

一式陸攻の「ワンショットライター」を流布したのはあくまでも日本側であり、米陸海軍は終戦まで「幾ら直撃弾を与えても非常に強靭で簡単に火が着かず、非常にしぶとくて中々墜ちない、防御火器に隙が無い」怪物扱いでした。

実際にソロモンで一式陸攻と戦った米海兵隊のパイロットが本気で「一式陸攻は非常に強靭で防御が優れた名機」と言ってましたからね。




178 willyさん 2016/02/02(火) 21:58:03
今回の空自の「F-35A]の選択は本当に正しかったのかと思う、

「F-15]の正当な後継機はあくまでも「F-22]であるのは世界が認めている、
アメリカが「F-22]の日本への輸出を禁止したのはイスラエルも要求する可能性が
高く、地域の安定に重大な変数となると米国防省は発言した事がある、

それが本当の理由かどうかは解らぬが、
ソ連崩壊後のロシアは縮小したとは言え、一方の雄である、

そのロシアの「Su-27]から連続するフランカー一族の正当な後継機が先日試験飛行に
成功した「PAK-FA]である、

ステルス、超音速巡航、AESAと呼ばれる送受信・アンテナを一体化した平面アレイ、
これが第六世代に必要な要素だが、ロシアはMIG-31でここを別にしたパッシブレーダー
で止まっていたが、「PAK-FA]の疑問点は必須のレーダー技術をどこまで持っているかだ、

しかし、推力は15トンと推定され、「F-22」の強力なライバルとなりそうな雰囲気がある、

このような状態の時に、「F-35A]でいいのかという問題が残る、


「F-35A]は戦闘機としての推力重量比は低く、速度とダッシュ力に劣り、
スーパークルーズも恐らく行なえないと推定される。、



ー続くー
179 薔薇の騎士さん 2016/02/02(火) 22:00:28
慰安婦:日本の蛮行 映画『鬼郷』 米国人が衝撃・激怒

「なぜこんなことが…本当に信じられない」米国人観客たちはしばらくの間、
席を立てなかった。鉛の塊のように胸が重かったのだろうか。衝撃と怒りに
包まれていたように見えた。実話を基にした慰安婦映画『鬼郷』(チョ・ジョンレ監督)の
特別試写会が行われた先月30日、米ニュージャージー州エッジウォーターの
マルチプレックス映画館に集まった観客たちは一様に従軍慰安婦被害者らが経験した
実状に身震いした。知られている通り、この映画は1943年に15歳で連行され、
地獄のような生活をした姜日出(カン・イルチュル)さん(88)の実話をモチーフに
作られた映画だ。姜日出さんは病気になったほかの少女たちと一緒に生きたまま
火の中に投げ込まれたが、朝鮮独立軍により脱出、絵で日本の蛮行を証言した。
映画を見たアン・ヘウォンさんは「20万人を上回る少女たちのほとんどが戦場で性奴隷を
強要され、苦痛を受けながら死んだり、永遠に故郷の地を踏めなかったりしたのではないか。
魂だけでも戻ってこられるよう望む『鬼郷』というタイトルがあまりにも胸を痛める」と
語った。
【日時】2016年2月2日 朝鮮日報日本語版
180 薔薇の騎士さん 2016/02/02(火) 22:03:14
上記のことがアメリカで試写会がありましは、
大変ショックでしです。

日韓合意は、破棄するべし。

内閣に同じ文章を送りました。
181 willyさん 2016/02/02(火) 22:13:59
現在日本の空の守りに考えなくてはならないのは、

果たしてステルスに拘る必要があるのか、日本の身の丈に合わせる強い戦闘機
を選ぶ事も考慮すべきだと思う、

例えばユーロファイターは欧州連合の優秀機である、ステルスとAESAは持っていないが
戦闘機としてのレベルとマルチロール性能は特優であろう。

例えば、フランス、
彼らはユーロファイター連合から離脱し、自分の身の丈に合わせた海軍機ラファールを
開発した、ユーロファイターよりも小型で使い勝手のいい戦闘機である、

今後のユーロファイターの課題はAESAを搭載開発できるか、これを達成すれば
まじでフランカーとタイマン張れるのはこの戦闘機であろう、

空自はアメリカとの関係も大事であるが、ユーロファイターのトランシェ3を併用する
選択もありだろうと思う、

小型でいい性能を持っているのは、
例えばラファールと似ているコンセプトのグリペンがある、軽量、コンパクト、
グリペンNGはAESAとエンジンをパワーアップする計画が実現まじかである、

優秀な迎撃戦闘機になりうる、

ー続くー
182 ウォースパイトさん 2016/02/03(水) 19:53:19
Re:181

タイフーンのトランシェ3って欧州諸国で実用化出来てましたっけ?

ラファールはフランス自身が当て馬を嫌ってトライアル参加すらしなかったような…。

グリペンは余りにも運用が限定されすぎでは?

更に言えば互換性の無い装備を貧乏空自に要求するのは整備面で非常に困難極まりないと思いますよ。
一応、私も日本最強の公務員組織に籍をおいていた事があったので良く分かりますが、旧軍と同じ轍は踏まなくてもよいと僭越ながら思いました。


183 willyさん 2016/02/03(水) 21:55:55
日本は現在の「F-2]の能力向上によって第4.5世代戦闘機に仕上げる
能力がある。

次は第五世代とその性能向上型のステルス性をどこまで自己開発できるかがキイになる、
この流れの中で10年前からフランス国防省の保有する電波暗室を借りて実機大の模型で
RCSの計測を行ってきた、

このような積み重ねに立ち、先進技術実証機に着手した、
ポイントはステルスと高機動能力である、

現在は双発で実証機のエンジンを10トンにする所までこぎつけている、
だが種々の武装搭載をする為には10トン以上、12−13トンが必要だ、、

日本は更なる大推力エンジンに挑戦している、だが新しいエンジン開発には10年単位の
年数が必要になる、現在「F-22]が恐らく18トン、ロシアの「PAK-FA]が推定15トンと
見込まれている、

ユーロファイターは今後トランシェ3に挑むだろう、英国は全て日本での製造に同意している、
この経験は防衛省に取っては将来の「F-3]への大きな道になる可能性がある、

金はかかるが国防とはそういうものだ、70年間ほぼ国防費を使わないで来た、
もう一人立ちしてGDP2%以上を目指す時だろう。

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185 willyさん 2016/02/05(金) 20:46:49
昭和19年の前半、アメリカはボーイング「B-29]ノースアメリカン「P-51]
グラマン「F6F]などの新鋭機を続々と戦列に加えてきた、

対して日本は全てに後手に回っていた、

せめて戦闘機だけと考えたが、零戦の後継機「烈風」はまだ試作中、
局地戦闘機「雷電」は早く完成していたにもかかわらず、

調整が長引き、試作機が出来たばかりの川西「紫電改」に代えられようとしていた、
外の数件の試作機は論外であり、全てに悲観的な中で

型破りのエンテ型戦闘機「震電」に全軍の期待が集中したのも当然であった、

この時、空技廠は課題を多く抱えすぎて設計にも試作にも全く手がまわらず、
比較的手がすいていた九州飛行機に設計試作が流れ込んだ、

双発の哨戒機「東海」で知られる九州飛行機は日本の命運を左右するかもしれない
対爆撃機よう戦闘機の開発に全社を上げた、

「あ」号作戦のちょっと前の昭和19年6月に要求性能の最終審議が行なわれた、

この会議でも生産側を困らせたのは速度の外に例によって空戦性能向上の為に
空戦フラップを装備せよという要求であった、
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188 willyさん 2016/02/09(火) 21:21:23
「震電」のパイロット脱出は結局後方のプロペラを
後方に吹き飛ばす方法が採用された、

「震電」は見るからに速そうな機体をしている、
その理由の一つは現在のジェット機と同様な後退角が主翼に取り入れられている
からであろう、主翼後退角度は20度、

主翼面積は「雷電」三三型とほぼ同じであるが、機体重量は5トンにのぼり
翼面荷重は215キロとなり着陸速度も100ノットで海軍機で最初の
重量級戦闘機であった、

「震電」には前輪式が初めて採用された、失速特性、縦方向の運動性の良さが
高翼面荷重と高速の着陸速度も問題なしと結論された、

「震電」は昭和20年6月に試作機が完成し同19日には海軍の審査にも合格した、

昭和20年7月になると日本本土は米海軍戦艦による艦砲射撃が
頻繁に加えられ、日本陸海軍は本土決戦に備えて迎撃機も温存し無抵抗になる、、

昭和20年7月には「震電」の初飛行をむかえる、
場所は陸軍の飛行場、現在の福岡板付空港、操縦は設計者である鶴野技術少佐、

その後脚を出したままの飛行を続け、いよいよ8月17日に脚を格納し全速飛行を
計画したが、その前に8月15日を向えた。
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191 willyさん 2016/02/11(木) 19:43:41
スフォーイは本格的なマルチロール戦闘機の単座型の「Su-27MフランカーE]を持つ、

この戦闘機は92年に初公開されたがエアーインテイクの側面にカーナード翼を持つ、
また垂直尾翼、方向陀の大型化、エンジンはAL-31FMという強力なものを装備、
レーダーもフェイズドアレイを使用、

この機の発展型は02年から推力偏向操縦システムを持つ「Su-35/37スーパーフランカー」
の試験飛行も始まった、

ロシア海軍は「Su-27]の空母搭載型の「Su-33フランカーD]をアドミラル・クズネッツフォフ
で運用しているが、

今後日本が気をつけるべきは「Su-24]というフランカーの基本形に「Su-33UB]が配備される
「Su-33M][Su-33UB]には強力な対艦攻撃能力がある事だ、

次に日本に脅威を与える可能性は「PAK-FA]ステルス戦闘機の実戦配備であろう、
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193 willyさん 2016/02/12(金) 21:42:50
ホーネットの格闘戦能力はどうだろうか、

ホーネットは改良の過程で大幅に重量が増え、空中機動性が低下した時期があった、
この対策に翼面積を25%拡大し翼面荷重の増大を押さえ込んだ、

エンジンもF404から推力が25%増加したF414に換装された、垂直尾翼、水平尾翼も
大きくなり安定性が増した、

ホーネットは機体が大きくなり重量が増したが、これらの改良により推力重量比と
空戦時加速性能は小型機体から低下はしていない、

その他あらゆる点が世界トップクラスに改良されている、まさにボーイングの底力を
見る思いだ、

補足だが、
現代の空戦において格闘戦の能力は機体の空戦機動性能だけではなく、
搭載するAAMの性能が大きく影響する、

ホーネットは全方位攻撃可能な「サイドワインダー」の最新バージョンを持つ、
HUDの外の目標に対しては、近接接近用のAAMをオフボアサイト発射することが可能である、

ホーネットの空戦能力はBVR戦闘では先制発見、先制撃破能力と、
格闘戦時に従来機を越えた超機動性分野においても他機を圧倒できるはずだ、

端的に言えば、
「F-22]クラスの敵が目前に現れない限りにおいて、ホーネットはある意味無敵であろう、
194 willyさん 2016/02/14(日) 14:06:59
現在の「F-2]に大規模改修を行い「F-2改」となった場合に
果たしてF-Xの候補機になれるであろうか、

ポイントは空対空戦闘でどの程度の能力を発揮できるかにある、
そしてマルチ型としてどれだけの発展性を秘めているかにある、

ただこの機種は支援戦闘機として開発された為に、
現状のJ/APG-1レーダーの空対空戦闘能力には第五世代機に比べて遅れている、

但し今後の改修でレーダー能力と新型のアクテイブAAM-4の運用を
可能にすれば空戦で第五世代機に立ち向かう事は可能では無いかと思われる、

AAMの搭載量は増やさなくてはならない、航続力も空戦が長引いた場合に
一つの問題になる、これは重量増と機動性と速度の相反する問題解決があるが、
日本の技術ならクリアーできると信じている、

ひょっとしたら、AAM-4の搭載と搭載量、航続距離を延ばせば、
アジアの強い戦闘機に生まれ変われる可能性は大だろう、

またF-2は元々が支援戦闘機であるので、
最大搭載量の8トンは魅力的であり戦闘行動半径も魅力的である、

対地攻撃のスタンドオフ兵器、精密誘導弾、も併せ持てば「F-2改」は空自の
保有する唯一の現代的なマルチロール戦闘機になりうる、

これは無駄にすべきではない、
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197 willyさん 2016/02/20(土) 23:32:05
現代の軍用機の基本スペックは「ステルス」だ。

ステルスとは敵側の探知データーを最小限に抑える技術である、
まずレーダーのの電波、次が赤外線、まずこの二つを切る事が基本中の基本になる、

ステルス機の第一世代、
これがロッキードマーチンの「F-117]ナイトホークである、

頭に「F]がついているが実態は軽爆撃機である、

機体は押しつぶしたような三角錘の組み合わせ、機体表面にはレーダー波を吸収する
素材を当初は貼りつけ、その後はスプレー塗装、

この組み合わせでRCSを減らしている、「F-117]はFのつく戦闘機であるが、
実際は空対空戦闘に不可欠な火器管制レーダーを持っていない、

更に戦闘機の武装もついていない、「F-117]が持つのは胴体下部に2千ポンド爆弾二発を
搭載する、単座機であるが機体が非常に大きい、

機首にはスマート爆弾誘導装置がある、目標に接近、被探知距離では
敵に照準の時間を与えずに大型誘導爆弾を投下する。、

「F-117A]のエンジンはF/A18と同系のものであり、ABを使わない双発機である、
速度は0.8マッハと旅客機並みに遅い、高機動能力も持たない、Gリミットも+6で
身軽では無い、

低速なのに大きな後退翼を持つ、目的はRCSを減じるためだ、
198 五月蠅鴨さん 2016/02/21(日) 11:02:50
端的に言えば、エンジンが同じなら、設計思想の問題ではないだろうか。
私はあまり機種で評価しない。(ラジコン経験者)
サイトによっては、零戦(日本機)下げが激しい。(多分在日などのコメント)

飛行機は翼があり、揚力によって飛ぶ。
揚力を高めたければ翼を大きくする(翼面荷重小)
この場合、抵抗力が増大→速度は低下
高翼機(やじろべい:安定:輸送機など)
低翼機(不安定→アクロバティックな飛行:戦闘機)

速度を高めたければ翼を小さく(翼面荷重大)
この場合、抵抗小→速度大、航続力は小

艦上機(離艦のため、翼面荷重小、機体重→低)→零戦
陸軍機p-51(↑の制限無し、エンジン大、速度大)

米軍艦上機(大馬力):カタパルトで補正

日本の烈風、カタパルト無しで困難(翼を小さくできなかった)
それだけのこと。



199 willyさん 2016/02/21(日) 11:08:54
Re198<<

ステルスの問題とこの書き込みの関係が理解できず、

200 五月蠅鴨さん 2016/02/21(日) 11:49:46
書込新参者なので、よく分かりませんが、
このスレはステルスを書けということなんですかね。
201 willyさん 2016/02/21(日) 12:47:58
200<<

そうではない、

飛行機の基本的な事(198の書き込み)は既にスレの最初で述べている、
翼面荷重、飛行機の原理、そのようなものを過ぎてから、現在はステルスという
テーマに移っているという意味だ、

五月氏が何を書こうと勝手だが、スレにはその流れがある、
突然今さら飛行機の基本を(万人が承知の事を)書き込みされても
答えようが無い、

貴兄の飛行機の基本知識は別にスレを立てて万人を啓蒙されるといいでしょう、

<このスレはステルスを書け>などと言ってはいない、

レシプロ機の流れを一通り済ませたので、これからの防衛に何を重点的に
抑えなければならないか、武器も防御も進化速度が早い、

それについていける我々素人にもわかるようなこれからの航空機の進化と
攻撃と防御を一体にして書いているつもりだ、

貴兄がまた翼面荷重から話を始めたければ、別スレを立てられたらいいでしょう、
この事は基本の基として最初に既に述べている、

失礼します、
202 五月蠅鴨さん 2016/02/21(日) 21:51:52
テーマだけ読んで書き込んだ次第です。
直上以外の途中を読んでの書込ではありませんので、ご理解ください。
私はさほどの知識もありませんから、書くとすれば上で十分です。

書き込み自体始めてあまり日が経ちませんが、とあるまとめサイトで結構頻繁に日本機下げのスレが立ち、カウンターとして書き込んだりしています。

パターンがあり、
日本機下げ→外国機上げ
上の反対というところ。

私が書いた内容は大体上の通り。ただし、もう少し詳しくは書いたので、文量はもう少し長文になります。
特に艦上機で零戦の後継機を開発できなかったとして盛んに馬鹿にする者がおりました。
そこで
カタパルトの存在から、翼面荷重との関連で、烈風が小型化できず、米国もカタパルト無しでは同じだったという論を展開すると、反論できなかったようで、同様のスレが最近立たなくなりました。
内心痛快です。
私は簡単にとらえるのが好きですね。
203 willyさん 2016/02/21(日) 22:57:53
五月さん<

丁寧なご説明良く理解しました、

<零戦の後継機を開発できなかったとして馬鹿にする人>

その人は最近書き込みをしておりません、

開発が遅れた三菱の負担は戦局と局戦に追われ、致し方ないところだと思います、

カタパルトは現在でも米国の技術が抜きん出ております、磁気カタパルトに移行する
でしょうが、仏海軍の空母もアメリカのカタパルトです、

日本の設計能力は世界標準からみても非常に優れていました、
惜しむらくは設計を忠実に具現する基礎工業力と均一部品の大量生産に難点がありました、



失礼しました、







204 willyさん 2016/02/21(日) 23:18:23
戦闘機は格闘能力よりも搭載ミサイルの性能が重視された事がある、

例えば
「F-4ファントム」や「F-106]は固定機銃を装備しないで速度、上昇力、制空能力を
重視した、これらを第三世代というが、

ベトナム戦争では接近したドッグファイトも頻繁に起こり、戦闘機の機銃(機関砲)の
重要性と格闘性能の重要度が再認識された、

この完成形が「F-15][F-14]に代表される大型の戦闘機であり、大推力で機動性に富んだ
格闘戦を得意とした、「Su-27]もこれらに入る、

この大型で大推力を持ち、格闘性能に優れた戦闘機を第四世代と呼ぶ、

この派生系で小型で万能な「F-16]やマルチロールの「F/A−18」も誕生し、第四世代に
分類される、

現在第五世代戦闘機とは(登録商標)とは「F-22][F-35]を主とし敵よりも早く攻撃殲滅
する能力を指す、当然、敵より早く攻撃をする為にには「ステルス」が必須である、

さらに、
「F/A18E/F]や「ユーロタイフーン」「Su-30]「ラファール」等は第四・五世代の代表機
である、マルチロールの完成形である、

ステルス機の第一世代がナイトホークであれば、第二世代がノースロップグラマンの
「B-2A]スピリット爆撃機である、




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206 willyさん 2016/02/24(水) 17:24:16
ステルス機の実戦配備国は、アメリカ一国のみである、
ロシア、フランスが続く可能性はある。

閑話・・

第二次大戦時に光像式、反射式照準器が普及した、

照準器の下から斜め上部の半透明の反射ガラスに投影する、
丸い輪と十字の線,、

十字線,丸い輪に敵機が重なるように照準する。

輪の内側に敵機がある時は距離約200m、照準器一杯で距離100m、
衝突する感覚で距離50m、

世界の空戦のエースは殆んどこの距離に
近づき1秒、2秒、で射撃、回避している、、

双方が空戦・高機動運動を繰り返している時、弾丸は照準から
位置がずれる、

「見越し射撃」

北アフリカ戦線の撃墜王アフリカの星、ドイツ空軍大尉の
ハンス・マルセイユ大尉、乗機はメッサーシュミットBf-109F、

僚機は彼の射撃を「何もいない空間に十数発打ち込む、敵機はその弾丸の方向へ
自ら飛び込むように見えた」と報告している、

Bf-109は狭いコックピットで視界が悪い、マルセイユ大尉は
急降下で自機の陰に敵機が隠れた瞬間、前方空間に射撃をした。、

ドイツ空軍にはリヒトホーヘン以来傑出した腕の将校が多く存在する、
だがこれは逆に見るとドイツ空軍は常に劣勢にあり、
少数のエースに頼っていたとも言える。
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208  [Delete]
209 willyさん 2016/03/07(月) 20:30:43
防衛省技術研究本部が研究している「マイモレーダ」はステルス実証機「心神」開発の
大きな目的の一つである、

日本がこのレーダーを実用化すれば、
スクランブルの対象機のロシア、中国機が将来ステルス機を送り込んで来た場合
大きな抑止力になる。、

先進技術実証機「X-2]=心神、
レーダーの反射断面積が大きくなる方向をごく一部に限定する設計が行なわれている、
世界標準の技術方式である、

エッジを揃える、
主翼、尾翼の後退角を一定の角度に揃えてある、

またエアーインテイクの内部を湾曲させて正面から直接ダクト
を通過しエンジンファンに電波が当たらないように、RCSを減少させる、
ダクトを湾曲させる技術、これは非常に高い技術が求められる、

コックピットに侵入する電波を低減させると同時にコックピット内で乱反射した
電波をそのまま外部に逃がさないように、

F-22では金を蒸着してあるが、X-2では酸化インジュウム、錫などのコーチングが
キャノピーに蒸着、塗装、採用されている、

電波吸収材は電波を吸収し反射を低くする、空気取り入れ口やダクト内部、
翼の前縁、或いは機体全部に塗装を施す事もある、

量産には巨額な費用が必要なので親密な国との共同負担が望ましい、

210 willyさん 2016/03/07(月) 20:58:51
「Su-27]スフォーイ・フランカー、

原型はT-10と呼ばれた、性能の手直しが続けられたが、要求性能には達しなかった、
この時期、平行して開発されていた、「MiG−29」の方が先に完成する、

設計変更により「Su-27]はその後のロシア戦闘機の基礎を作った、

Su-27は中国、インドから大量の注文を受け、開発に弾みがついた、
これはロシア当局が安易な妥協をせずに「Su-27]を空軍の切り札にしようという
強い意思の表れである、

ロシア空軍は、「Su-27]を防空軍(Su-27P)に10個連隊、前線航空部隊に6個連隊、
を配備した、防空軍と前線部隊との差は爆撃能力の有無である、

ロシア空軍が近代的な戦闘機を持つのは、2000年の半ば、
前線防空部隊の爆弾のみを運用できる能力から、その後は誘導爆弾、空対空ミサイル、
を経て本格的な多用途戦闘機に生まれ変わる、

2009年、「Su-27SM]「Su-30M2]の近代化改修後、「Su-27]の完成型の「Su-35S]
改良型エンジン、推力偏向ノズル、アビオニクスは最新型に、米軍機に対抗できる
戦闘機として完成した、

最初に「Su-27]を輸入した国は中国である、

211 willyさん 2016/03/30(水) 16:17:21
ジェットエンジンが本格的に開発をされ始めたのは終戦の直後か直前の時代である、
英国のロールスロイス社の遠心式エンジン「ニーン」は終戦の翌年46年にアメリカに
技術移転されてP&Wの「J42]として試験され

更に「ニーン」はロシアにも技術移転されクリモフVK-1エンジンとして「Mig15」に
搭載された、

アメリカでは別にGE社が遠心式「I-40又はJ33]と同時に別のジェットエンジン軸流式の
「TG180]−後のアリソンJ35からJ45軸流式エンジンの開発が行なわれた、

この頃から軸流式エンジンが戦闘機の基本的な主流となる、

J47エンジンはノースアメリカン「F-86]戦闘機、ボーイング「B-47]爆撃機等に搭載され
ジェットエンジンの全盛期に入る、

60年代になると戦闘機は速度だけでなく長距離能力を求められる多用途性能が求められる
ようになる、言い換えれば低い燃料消費量で巡航し加速が必要な時には強力なABで加速する
使い方が登場する、

エンジンの力は排気ジェットの速度と空気流入量の積に比例して大きくなる、
212 willyさん 2016/03/30(水) 16:46:00
ジェットエンジンはターボジェットとターボファンエンジンとに大別されるが、

バイパス比が大きいと燃料消費量は低減するがファンの径も大きくなるので飛行マッハ速度が
増すに従って抵抗が大きくなる、つまり推力はマッハが上がるほど減少してゆく事になる、

戦闘機の推力の増強にはABが欠かせないがターボジェットではABに使用できる酸素は
コアエンジンの燃焼で残存した量に限られる為にAB使用時に追加の燃料を注入しても
燃焼が出来ない事になる、

ここでターボファンエンジンの利点が理解できる、
ターボファンの場合はファンからバイパスしてきた酸素が十分に含まれた空気をABに
使用できる、戦闘機の用途にピッタリであろう、

世界で最初に登場したAB付きエンジンはバイパス比1・1のP&W社の「TF-30-3]である、
このエンジンは可変翼のジェネラルダイナミックス社の「F-111]に搭載され
64年12月に初飛行に成功している、

ロールスロイスの同様なエンジンの出現も早く「ジャガー」攻撃機に搭載された、

この時期、輸送機のGE「TF-39」搭載の大型輸送機ロッキード「C-5]が初飛行に成功し、
後のボーイング「ジャンボ機」の出現のきっかけに繫がる、
213 willyさん 2016/03/30(水) 17:27:19
これからの空自の戦闘機にはステルスは不可欠でありスーパークルーズ巡航の
可能な戦闘機が望ましい、
ちなみに「F-35]はスーパークルザーでは無い、戦闘に一つの不利がある事は否めない、

さてロシアの戦闘機に戻るが、それは敵国中国の戦闘機に直結するのでロシア機を理解
する事はわが国国防の基本だと思う、

ロシアのビッグセラーであるスホーイ「Su-27]が多くの中国機のベースになっている、
この戦闘機は手強い、やがて空自の主力戦闘機「F-15J改」では基本的能力上退役が迫っている
と考えるべきだ。

いま日本が注意すべきは当然最新鋭のステルス戦闘機だ、

ロシアのステルス機は「PAK-FA]スフォーイが02年に開発担当に指名されており、
「T-50]として開発に着手する、
「PAK-FA]とは戦術航空部隊の意味であり、飛行機の制式名称では無い、

もしもこのステルス機がここ5年以内に完成、配備されるような事になれば、
日本はロシアとインドに挟まれ、恐らく中国も大金をはたいてここに首を突っ込むことだろう、

世界で唯一の抑止力である、次期戦闘機は「F-22]が正しかったが、

新鋭ロシア機が中国に早期にわたらない事を願うのみだ。
214 三銃士参るさん 2016/03/31(木) 01:31:33
F35が米空軍最後の有人戦闘機であり
以降は全て無人機になることはF22開発段階で決定していた

2006年に$18ビリオンの予算を組んだ可変翼無人戦闘機開発計画もその一環である
敵領土上空をチェスボードに見立ててもれなく地域全体を警戒偵察し
ミサイル発射の兆候があれば即攻撃に移る
時間ロスをなくすために戦闘機に判断能力を持たせる

日本は少しでも遅れを取り戻すために
ステルス機能開発と無人戦闘機開発を同時に進行させるべきではないだろうか
215  [Delete]
216 willyさん 2016/03/31(木) 23:03:49
[F-35]の空自配備には私は心の中では面白くありません、

理由は必ず韓国が日本に対抗して「F-35]を輸入するからです、
韓国は日本の領空侵犯の常連国です、ロシア、中国、韓国、台湾、これらが
日本の領空侵犯の常連です。

「F-35]しか候補が無いなら、いいところを見る事にしましょうか、

この飛行機は有人飛行機と無人飛行機の中間をゆくハイテク機です、
メリットは三菱が米国の最先端の技術と運用を学べる事です、

「F-35]の機体の全周に暗視TVカメラがぐるりと取り付けてあります、
映像はパイロットのヘルメットの内部に投影されます、もちろんHUDと同様に
計器の情報もヘルメットに投影されます、

WVR空戦の折にコックピットの中の灯りを消し真っ暗闇で空戦できる新鋭戦闘機です、
ミサイルをロックオンして撃つには、パイロットが投影された多くの目標の上に
視線を落とすだけで、相手を撃墜できます、

最後の有人戦闘機と呼ばれた所以は、
これだけの優れた装備を持つ戦闘機なら何も人が乗って何かする必要が無いのではないか、

地上で係官がヘルメットをかぶって「F-35]を制御できるという理論は成り立ちます、

ただこのスペックは確認はされていません、あり得るという話だけです、

217  [Delete]
218 三銃士参るさん 2016/04/08(金) 22:00:03
今年一月に進水した米国最初のプロトタイプ無人潜水艦は
ACTUV( Anti-Submarine Warfare Continuous Trail Unmanned Vessel)と呼ばれ
ディーゼルエンジン駆動で3か月間水面下で移動できる

操縦運転は完全自動とリモートの両方を備えており
完全自動のときも常に指令所でモニタリングされる
行動中は24時間連続でレイダーとカメラを使い敵潜水艦を捕獲追跡し
位置をコンスタントに指令所に発信する

造船所はオレゴン州ポートランドにある米海軍の指定船舶整備会社Vigor Shipyardsで
造船所歴史は1882年に遡る

日本では1881年に横須賀海軍造船所を完成させており
米海軍は太平洋を挟んだ日本の海軍増強に対抗するべく
シアトル、サンフランシスコ、ロスアンジェルス、サンディエゴに大規模な造船所を完成している
以降の日米海軍は軍拡競争にのめりこんでいく

追記:
ポートランド市には海外最大規模を持つ「日本庭園」がある
「日本庭園は市民の誇り」といわれる通り
毎年米国の「庭園ランキング」で一位にランクされている
昨年春からの拡張工事が終わり内容は更に充実した

一歩中に入れば幽邃、深遠、優雅であり
息をのむほどの日本美を実感することができる
219  [Delete]
220 三銃士参るさん 2016/04/09(土) 00:27:53
ポートランドの日本庭園は小高い山に囲まれており
冬は雪景色
春は色とりどりの桜
夏は風が涼しく
秋の紅葉は実に見事です

日本の庭園の多くが旧大名の庭だったせいか平面的なものが多いのに比べ
ポートランドのは複雑な地形を巧みに生かした立体的な庭に作られていて
それが幽玄性を生んでいるのでしょう

山あり谷あり、高い所から落ちる滝、鯉の泳ぐ池と小川
樹々の種類にも工夫が施されています
日本屋敷の石庭は毎日手入れされています

数歩ごとに風景が変わる気がして何度訪れても飽きることがありません
トイレまでも日本風に設計されています

日本の庭園の多くに土産物の売店や食堂などがあり
自動販売機やケバケバしい看板や旗が並んでいるのに比べ
ポートランドの庭園は商業的なものは一切おかせません
日米地方自治体の庭園哲学の違いに注目を置くべきでしょう
221 三銃士参るさん 2016/04/09(土) 02:40:15
219 willyさん

>今後の戦争はこの遠隔操縦を阻止する衛星破壊やハッカー行為が更に大きな軍事力に育つでしょう

全くその通りで
そういう実情にはまったく疎い日本の左派は
安保法案反対とか戦争反対などと
全く時代遅れの政治運動に陥っている

これからの戦争は国と国との戦いに限ることはなく
国境をまたいでの企業と企業の戦い、テロとテロの戦いなど
戦争の形態は高度に複雑性が進んでいくのではないだろうか

一つ気になるのは先日読んだ記事の中に
日本の大学ではソフトウエアプログラミングを教えない
という内容があったことだ

米国ではソフトウエアが常に先行していて
ハードはでき上ったソフトに合わせるように作られてきた
まず理念と計画ありきである
対空防御プログラミングもその一つだった
1960年初頭には既にプログラミングは完成していて
コンピューターができるのを数年待たなければならなかった

民間向けコンピューターも同じで
会計処理にしろマーケティングにしろ
常にソフトが先行してきた

日本はその逆である
222  [Delete]
223 willyさん 2016/04/09(土) 05:47:52
三銃士さん<

レーダーという二次大戦の帰趨を決めた英国発の防御兵器が米軍の手により
効率的な攻撃兵器に生まれ変わった例もその一つです、

現代の戦争は尖閣で海保と海自の連合軍が中国軍とドンパチやるとう日露戦争の
ような戦争はあり得ません、

ソフトによる敵軍の情報通信の破壊、軍事衛星の破壊、それから誘導ミサイル、
からステルス機による制空権の確保、最後が水上艦艇の役割になります、

米軍の闘い方は湾岸戦争から変わっています、巡航ミサイルとB1,B2ステルス
爆撃機によるピンポイントの核心の破壊、要人の殺害、ソフト戦争です。

それから地上部隊の投入でした、

ソフトを開発しソフトを守る方法の確立があってこその軍隊です、
特に衛星破壊は一時的なブラックアウトを敵にもたらします、衛星に向う敵の
攻撃衛星をいち早く見分けて先に破壊する技術は米軍ではほぼ確立しています、

日本のような小さな国で大国の脅威に晒されている国こそがソフトを重視し、
ソフトで敵を凌駕する、全ての面で日本が互角に防衛を果たせるのはソフトです、

中国と韓国からのハッカーの追跡と阻止、日本がやるべき事は山ほどあります、
224 三銃士参るさん 2016/04/21(木) 22:05:39
豪州向け潜水艦建造交渉が暗礁に乗り上げている
総受注額は約5兆円
日本の対米輸出は15兆、中国向けは13兆だから
決まれば経済低迷で頭を抱えている安倍にとって力強い後押しになる

豪州がフランスに傾きかけているのは
勿論中国の横やりがあるからである

豪州は人口が少ないから内需が弱い
さしたる工業もない
結局中国向けの資源輸出のおかげでこの20年なんとか生きてきた

対中国輸出がなくなれば豪州経済は沈殿する
中国はそれをよく理解していて
自国生産を大幅に減退させながらも豪州からの輸入を極力減らさないようにしてきた

それだけに豪州としては
中国の意に反して日本の潜水艦を買うことに逡巡が生まれるのは当然だろう
米政府高官がいう通り
日本が負ければイコール中国の勝利だということになる

日本が勝ったにしても
最新潜水艦記述は豪州から中国に流出するだろう
いずれにしても中国が勝つことになる
225 willyさん 2016/04/21(木) 22:28:06
224<<

三銃士さん<

私もそう思います、

豪州は中国マネーと中国外交の圧力に屈服したのです、
米海兵隊基地のすぐ近くに中国軍の拠点を貸し出すなどこの首相は
米豪同盟をどう考がえているのだろうか、

中国の勝利が近いと考える、
ただその時には豪州と米国の間に深刻な亀裂が産まれる事になり
次の首相は大変な苦労をするだろう、

米英豪加という血の同盟から中国共産党に転ぶ首相が出るとは、
また閣内も不一致だ、国務大臣は中国の南シナ海の進出には断固とした
処置を取ると米国と歩調を合わせる発言もしている、

日本としたら、大型の武器輸出の突破口を失うのは心地よくないが、
中国の産業スパイにだだ漏れの親中派の豪州首相では、むしろ軍事上
日本はステルスの技術流出と対抗策を講じられる恐れのある

豪州ー中国ラインに乗らない方が国防上は良いと考える、

中国は「日本は敗戦国である」まるで韓国の言う「日本は戦犯国である」という
非常な低レベルの圧力を豪州に加える相手と、豪州は今後米豪、日米、その先にあった
日米豪のトライアングルを失う損失を考慮できない政治家なのか、

豪州にとっての最大の友邦とは米国であるべきなのに、
226  [Delete]
227 三銃士参るさん 2016/04/22(金) 00:50:19
Re:226

>日本は順次クラスター爆弾を廃止、巡航ミサイルも保有せず、ひたすら近隣諸国の脅威になる武器を控えている、
これでいいのだろうか、

全然良くない
核の次に強力な殺傷力をもつ爆弾はクラスターである
核を持つことは日本の立場上難しいが
クラスターなら遠慮することはなにもない
どしどし作らなければならない

クラスターを持つならステルス爆撃機は絶対必要だ
戦略としてはステルス爆撃機を日本一国にとどめておかず
中国を囲む台湾、フィリピン、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、インド軍と提携して
分散配置することが望まれる

米国空軍がドイツ、日本、サウディ、トルコなどの協調国空軍パイロットをアリゾナ州で訓練してきたように
各国空軍パイロットを日本で訓練するべきだろう

特にミャンマー軍との関係は重要である
背後から突くことができる
228  [Delete]
229 willyさん 2016/04/24(日) 20:27:52
三銃士さん<

掲示板も終わります、気がかりだった宿題を

以前、三銃士さんが言われていた可変翼の新鋭爆撃機が姿を現しましたね、

機体はノースアメリカン・ロックウエル(現ボーイング)エンジンは
ジェネラルエレクトリック、

高々度で超音速飛行が可能、超・低高度でも敵地に侵入が可能な新鋭機です、

可変主翼は超低空の高速飛行と離着陸能力の向上が主眼である、可動式の外翼の
組み合わせが斬新である、

この爆撃機は超低空を長時間高速飛行をする為に高度な電子装置の搭載が一つのキイに
なる、当然、地形追随のレーダー、慣性航法システム、ドップラー電波高度計、、

純粋なステルス機では無いが、

この新鋭機「B-1B]は大型機であるが、そのRCSはラファールCとMig−29の中間くらいの
ごく小さなものであり、F-16よりもRCSは小さい、

掲示板の終わりに際して以前貴兄が取り上げられた可変翼の新鋭機が正式に米空軍に
配備された、

この飛行機は実に面白いが、
いずれにしても掲示板は閉鎖になるそうです、貴兄との米国の最新情報の交換が出来ず
学ぶ事も出来なくなる事に大いなる淋しさを覚えます、

お体大切に、ご健闘を祈り、お別れに致します

willy より
230 willyさん 2016/04/24(日) 20:32:27
追記

もうひとつ言われていた、

無人ステルス潜水艦、

これもアメリカ海軍で姿を現しました、

最新鋭巡航ミサイルも姿を現しました、わが日本も奮起して現代軍事のトレンドに
飽くなき挑戦を続けて欲しいと思います、

X-2が第六世代戦闘機として日本オリジナルになる事を夢見つつ、

失礼、
231 三銃士参るさん 2016/04/24(日) 20:44:03
Re:230

三銃士になる遥か前から
ずっとWwillyさんのフアンでした
豊富な資料を提示していただいたことを大変感謝しています

この秋ミラマー(サンディエゴ)で行われるエアーショーに行ってきます
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